少しの憩い
揺れとの格闘の末、ようやく着いたのが安来駅だ。
この地域に雪の被害は出ていないようで、気温も真夏にしては低いが、特別寒くもない。
当初の予定では、このまますぐに乗り継ぎ、二つ先の揖屋駅へ直行するはずだったのだが、一度休憩を入れることになった。
「時間にも余裕がありますし、お茶でもしましょうか」
そう微笑む葉月さんに、私は深く頷いた。
酔ってグッタリな私を気遣ってくれているのは確かだが、時間に余裕があるのも本当だった。
日の入りは夏の今頃であれば、おそらく七時すぎになる。
今は五時前なので、目的地までの移動時間を抜かせば一時間ちょっとはのんびりできるだろう。
駅のすぐそばのカフェに入った私たちは、紅茶とケーキを前にホッと息をついた。
「牛車で慣れているとはいえ、六時間も座っているとさすがに疲れますね」
苦笑まじりに言いつつ、葉月さんはチョコレートケーキにフォークを入れた。
三種のチョコレートを使用したケーキらしいが、私はこの手の商品を食べて「あぁ、三種類入っているなぁ」なんて感じたことはない。
というか、ぶっちゃけ二種類しか入っていなくても気づかないだろう。
そんなくだらないことを考えつつ、私も苦笑を返した。
「私なんて、座りすぎて一歩足を踏み出すごとに膝がパキパキいっていますよ」
「ふふっ、私もです。……わっ!このケーキとてもおいしいですよ!結奈さんも一口いかがですか?」
本当に嬉しそうな顔で笑うものだから、私は思わず頷いた。
「それじゃあ、お返しに私のもどうぞ!」
まだ使っていなかった自分のフォークで、桃のタルトを一口大に切る。
果実がゴロゴロと乗っかっていて、綺麗に切るのはちょっと難しい。
なんとか形のある状態で葉月さんのお皿に乗せ、差し出されたチョコレートケーキを一口頂戴する。
交換を終えた私たちは、パクリと口に入れた。
「んー!ホントだ、すごくおいしい!」
口いっぱいに広がるココアクリームの甘さと、それを追うようにして鼻を抜ける芳ばしいカカオ豆の風味。
ビターチョコレートでコーティングされたそれは、甘みと苦みのバランスが絶妙で、緻密に計算されて作られたことがわかる。
葉月さんの、私の反応を楽しむように見つめてくる瞳がくすぐったい。
「結奈さんのタルトもさっぱりしていて美味しいです」
目を細めて微笑む彼に、私はドギマギした。
心を落ち着かせるために、そして味覚をリセットさせるために、紅茶を口に含む。
桃のタルトを頬張ってみたものの、緊張でポンコツになった舌のせいで味がよくわからなかった。
ただ、タルトと果肉の合間に桃のクリームが入っていて、「甘いなぁ」とだけ感じた。
ゆっくりと紅茶を飲み、予定通り一時間ほどで店を出た。
駅に戻り、山陰線に乗る。
そして、揖屋駅で降りると、私たちはスマホのマップを頼りに歩き出した。
「徒歩ニ十分弱なので、間に合いますね」
西の方に傾いてきた日差しを見上げながら言うと、葉月さんが首肯した。
「ええ、かなり余裕で。入口の前で待機、なんてことにならなければよいのですが」
どのタイミングで境が開かれるのか、どのような感じで開かれるのか、それは葉月さんも知らないらしい。
「書物にも書いてありましたし、族の皆も言っていたので間違いではないでしょうけど……開かなかったらどうしましょう」
珍しく不安を口にする葉月さんに、私はニッと笑った。
「もし開かなかったら、別の方法を考えるだけです。現世の図書館にも文献はたくさんありますし。大丈夫、今回がだめだったとして、八方塞がりなんてことはありませんから」
たぶん、と心の中で呟く。
五芒星の門や常世のことを知らない人間の文献など、果たして参考になるのだろうか。
しかし、葉月さんは私の言葉に微笑んだ。
「たしかに、そうですね。結奈さんに大丈夫と言われると、なぜか本当に大丈夫な気がします。不思議ですね」
微笑み合う私たちの頭上で、烏が一羽、カァと鳴いた。
あと少しで黄昏時。常世と現世の境が曖昧になり、黄泉比良坂への扉が開く刻限だ。
そして、同時に私たちの危険な旅が始まる時間でもある。
刻一刻と迫るその時を思い、私はそっと息をついた。
【さっぱり】と【甘い】って、結構違うと思うの。
緊張しているのは一体どっちかなぁ?
初々しいね(*ˊᵕˋ*)




