ゆったり、ぐったり
東海道・山陽新幹線【のぞみ】での三時間ちょっとの鉄道旅行。
数字だけみれば長いけれど、会話やうたた寝に興じていれば、案外あっという間に終わってしまう。
私も葉月さんも公共の場で熟睡、なんてタイプではないので、雑談したり、なぜか家にあった花札で遊んだりと暇をつぶしていた。
経験者の葉月さんとは違い、役の種類すら覚えていない私は、スマホで調べつつカードを揃えていく。
「あっ、なんか出来ました! 」
背面テーブルの上に置かれた札を覗き込み、スマホの画面で確認した私は、嬉々として札を重ね、葉月さんに見せた。
「短冊札が六枚、タンですね。五枚で一点、一枚増えるごとに一つ加点していくので、計二点です」
「ふむふむ。……ところで葉月さん、短冊ってあと何枚あるんですか? あ、別に残りもそろえて五点ゲットしようとか考えているわけではないですよ? 」
それとなく尋ねると、葉月さんが笑いをこらえるように札を口元へ持っていった。
「全部で十枚です。つまりあと四枚残っているわけですけど……こいこいしますか?私は上がるのも手だと思いますけれど」
私の魂胆などバレバレのようで、挑戦的な目を向けてくる。
最初の方こそ手加減してくれていた葉月さんだったが、私がやり方を覚えてくると少しずつ本気を出し始めていた。
その視線を受け止め、私は笑顔で頷いた。
「じゃあ、こいこいで」
「了解」
そうこなくっちゃとばかりに頷いて、葉月さんが自分の手札と場の札とを重ねる。
しばらく札の取捨を行ったが、一向に短冊は現れてくれない。
(うーん、こうなったら別の役を作るしかないか)
よし、作戦変更だ。
私は手持ちの中から萩の描かれたカードを出し、猪の絵柄を引く。
猪鹿蝶を狙うことにしたのだ。
「おや、そう来ましたか」
片方の眉を器用に上げて、意外そうな表情を浮かべる葉月さんに、私はニヤリと笑って見せた。
「どうでしょう。陽動かもしれませんよ? 」
「それは……たしかに。でも、早めに対処しておいて損はありませんからね」
「えっ」
自分の手札から一枚捨てた葉月さんは、山札を一枚めくり、にこりと笑った。
「上がりです」
「えぇ!? 嘘!! 」
驚く私に、今度こそ葉月さんは声を上げて笑った。
「常々思うのですが、結奈さんは本当に良い反応をしますね」
笑いながらも、出来役を並べなおして見せてくれる。
新幹線の小さなテーブルでは綺麗に並べることができなかったので、札同士を重ねて置いたりと工夫して遊んでいたのだ。
「わー、本当だ。えっと……月と桜と鶴だから……三光? 」
「はい。ちなみに手札はこのようになっていました」
からかい交じりの声で見せられた手札に、私は「あっ」と声を上げた。
「短冊と鹿! 」
「ふふふ、実は私が持っていました」
いたずらが成功した子供のような顔をする彼に、私はムカつくどころかキュンとさせた。
いや、ギュンとさせた。
(か、か、か、可愛い!! なに、その得意げな顔! )
心の中ではギャアギャアと喚いていても、表面上では「もうっ」と頬を膨らませるだけにとどめておく。
「次が六月……折り返しですね。負けませんよ! 」
『習うより慣れよ』ということで、十二回戦まで行い、その合計点で争うこととなっていた。
次こそは、と意気込む私だったが、
『まもなく岡山です。降り口は右側、十九番のりばに到着いたします。岡山からの乗り換えのご案内です。――――』
私たちの降りる駅だ。
長めのアナウンスが入り、私たちは顔を見合わせて苦笑した。
「残念ですが、決着は次回に持ち越しですね」
「うぅ、せっかくルール分かってきたところなのに」
岡山駅を降りて少し移動し、今度は特別急行列車「やくも」に乗り換える。
クリーム色の巨体に赤のマスクを被った、可愛らしい車体のそれは、公式では【ゆったりやくも】と呼ばれている。
しかし、ふたを開けてみるとあら吃驚。
遠心力を用いた自然振り子式のそれは、古さも相まってとても揺れやすく、酷くガタつき、【ぐったりはくも】へと変貌するのだとか。
つまりめちゃくちゃ酔う。
日本一酔う電車とも言われており、忌避されているかと思いきや、鉄道ファンの間では存外愛されているらしい。
私たちは乗り換えのわずかな移動時間で、酔い止めの薬を買っておいた。
さて、そんな前評判の悪い電車だが、実際に乗ってみると思っていたほどではなかった。
とはいえ一般的な電車に比べたら揺れるので、酔いやすい人からしたらキツイかもしれない。
かく言う私も、リンパ液が波打つような感覚に少し酔ってしまった。
だが、車内は広くゆったりしているし、山間部を疾走するので眺めも良い。
広大な山々が雪を抱える姿など、酔いが醒めるほど美しかった。
まぁ、その雪も世界崩壊の兆候であることを思い出せば美しいなどとは言っていられないのだが。
──本当に吐くほど酷い揺れではないのだ。
「綺麗……うっ……」
「結奈さん、あと一時間で着きますからね。私に寄りかかっていて良いですし、楽にしていてください。あ、お水いります? 」
「ありがとうございます……。あぁ、急カーブが私を虐めてくる……」
「結奈さん、しっかり! 」
という具合に介護はされたが。
ちなみに葉月さんは文字通りピンピンしているので、やはり酔うか酔わないかは人によるのだろう。
私は痛み出した頭を葉月さんの肩へと傾けて、ふうっと深呼吸した。
(大丈夫、一時間半は耐えたんだから。あと一時間くらい平気へいき。寝ていたらあっという間だよ)
ただ一つ残念だったことは、店頭に並んであった中で一番高価な酔い止めを買ったにもかかわらず効果がなかったことだ。
自分に合う薬さえ見分けられないとは。
薬学を履修している身として、非常に情けなくなった。
花札のルールを書くべきか迷いましたが、この話の主旨は別のところにあるので割愛させていただきました。
筆者自身も遊んだ経験は少ないので、雰囲気花札としてお楽しみいただけたらと思います(><)




