背負うもの
新幹線特有の分厚い窓の向こうで、真っ白な雪景色が目まぐるしい速度で後方に流れていく。
とてもじゃないが夏の風景とは思えないそれを、私はぼんやりと眺めていた。
行き先は島根県の松江市東出雲町。
そこには黄泉比良坂と呼ばれる常世と現世の境があるという。
そしてその境目は、限られた時間帯にのみ開かれる。
その時間帯というのが、あの有名な【黄昏時】だ。
夕と宵の合間にある刻限で、古来より神域に繋がる時間と考えられている。
「黄昏時かぁ。……あれ?でも葉月さん、本当に、本当に今更なんですけど、私みたいな何の力も持たない人間が黄泉比良坂を渡ることってできるんですか?」
本当は告白や一緒に行く宣言をする前に考えなければいけなかったことだろうが、思いつかなかったのだから仕方ない。
開き直って尋ねる私に、葉月さんは呆れた様子もなく頷いた。
「できますよ。平安のころなどは、まだ五芒星の門がなかったので、黄泉比良坂だけが行き来するための唯一の方法でした。妖は自由に現世へ行けたので、気に入った人間を常世へ持ち帰ったりと……結奈さん、顔が真っ赤ですけど、どうされました?」
不思議そうに覗き込んでくる葉月さんに、私は「いえ、別に」と曖昧に返事をして、そっと顔を背けた。
(ちょっと、葉月さんは別にそんな意味で『持ち帰り』って言ったわけじゃないでしょ! 『私もこれから葉月さんに……』とか考えている場合じゃないでしょ! しっかりするんだ、私!これじゃあ、変態みたいじゃない!! )
急に飛び出してきた邪な気持ちを律す。
その間、わずか一秒足らず。
ゴホンと一つ咳払いして、私は続きを促した。
「ええと、つまり現世で言うところの『神隠し』とは、転送機だけではなく、妖の仕業でもあったのです」
「な、なるほどー」
よし、なんとか平静を取り戻した。
そう安堵の息をつく私の横で、葉月さんが肩をすくめた。
「もっとも、結奈さんを神隠しにあわせるのは二度目ですが」
あたかも一度目の神隠しも自分が行ったかのように言う葉月さんに、私は思わず眉を寄せた。
「えっ、葉月さんが私に、ですか?」
「はい。私が結奈さんに、です」
戸惑う私に、葉月さんは小さく微笑んで続ける。
「私は転送される人間の名簿から、結奈さんの転送日を把握していました。ですから、一度目の神隠しが行われる前……つまり、セドリックが術を発動させる前に、別の転送機で結奈さんを転送させたのです」
驚愕の事実に二の句が継げない私は、陸にあげられた魚のように口をパクパクさせてしまう。
「べ、別の転送機って……。でもどうやって?」
転送機を持っているのは黄泉の貴族だけと聞いている。
では、一体どうやって?
尋ねる私に、葉月さんがニヤリといたずら狐の顔をした。
「それはですねぇ、レオドール様の診察を終えた帰りに、アーロンさんが屋敷の廊下で高価な花瓶を割ってしまう場面にちょうど居合わせまして。それを術で元通りにする代わりにと、おどし……いえ、お願いしたのです」
(葉月さん、今脅したって言いかけなかった!?)
喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、私はコクコクと頷いた。
「アーロンさんはレオドール様の専属術師だから安心ですもんね」
そう口にしてから、「あれ?」と思う。
「でも葉月さん。転送地点をずらしたこと、セドリックに気づかれたりしなかったんですか?」
「もちろん気づかれました。それも、私が予想していたよりもずっと早くに」
葉月さんが苦い顔をしつつ、そう返した。
「本当は結奈さんが転送されてきたその日の夜に、レオドール様の屋敷に行き、転送機をお借りする予定でした。ですが、彼らは転送が失敗したとわかってすぐ、各転送跡地に早馬を出したのです。その結果引き起こされたのが、あの薬師襲撃事件です」
苦々しくそう呟いて、葉月さんは顔を俯かせた。
「私がもう少し上手くやれていたら、誰も亡くなることはなかったですし、結奈さんだって怖い思いをすることなどなかったのです」
私は何と声を掛けたら良いのか分からず、口を噤んだ。
私も葉月さんと同じように、薬師たちが亡くなったのは自分のせいだと思っていた。
素直に自分の魂を明け渡していたら、亡くなったひとたちは今も生きていたはずだった。
そして、薬師として立派に働き、多くの患者さんを救うのだ。
――でも。
私は葉月さんの方に体を向け、まっすぐ彼を見据えた。
「私は葉月さんに命を助けてもらいました。その事実だけは、誰が何と言おうと覆りません。それに、もしあの事件が葉月さんのせいであるというのなら、私にだって責任はあるはずです」
きっぱり言い切る私に、葉月さんは首を横に振って否定した。
「いいえ、結奈さんに非はありません。すべては私の――」
「例えそうだとしても、一緒に背負わせてください。だって私たちは、あの事件があったから出会えたんです」
もし葉月さんの計画どおりに物事が進んでいたら。
もし葉月さんが私を助けなかったら。
私たちがこうして互いを想うことなどなかっただろう。
私の言葉に耳を傾けていた葉月さんは、一瞬ハッとしたように息を吞み、そしてくしゃりと眉を下げて笑った。
「結奈さんには一生かけても敵わない気がします」
「結ばれた」から「出会えた」に変えてみたらしっくりきた! 押しつけがましくない感じで大変よい。




