異常気象
地震発生から一夜が明けた。
寝たのが四時近くだったせいで、さすがに私も葉月さんも起きたのは十時すぎだ。
いつも通り朝食を作り、食べ始めるけれど、二人の間に会話らしい会話はない。
部屋には朝のニュースを読み上げる男性アナウンサーの声だけが響いていて、私たちはそれを熱心に聞いていた。
話題はやはり、昨晩の地震のことだ。
耐震補強をしていない国の被害状況の大きさや、各国のマグニチュード。それから専門家たちによる見解。
どのニュース番組を見ても、その話ばかりされている。
「やはり、原因の解明はできていないようですね」
最初こそは「箱の中に人が! 」と驚いていた葉月さんも、一か月弱ここで過ごせば慣れたもの。
普通の調子でテレビを眺めている。
「そうですね。現世の人たちに分からないとなると、やっぱり原因は五芒星の門ですかね? 」
私の問いに「おそらく」と頷く葉月さん。
そのときだった。
窓ガラスにコツンと何か硬いものが当たる音がした。
一回きりではなく、何度も何度も不規則に、カツン、コツン、となる。
それと同時にパラパラと小さなものが地面に落ちる音も聞こえてきて、私は一瞬「雨かな?」とレースカーテン越しに庭を見た。
今日の天気は曇りのち晴れの予報なので、通り雨だろうか。
洗濯物を干す前でよかったと吞気に思う私の横で、葉月さんが「ん? 」と小さく声を漏らした。
「これ、雨音にしてはおかしいですね」
「え? そうですか? 」
言いながら、私は席を立って大開口窓に近づく。
傍によると、たしかに雨の音よりも少し大きめな気がする。
私はカーテンに手をかけると、慣れた動作で引き──次の瞬間、一気に閉めた。
大丈夫。私は何も見ていない。きっと幻覚だ。
このまま見なかったことに……なることはなく。
「結奈さん、どうしました? 」
怪訝そうな顔で近寄ってきた葉月さんによって、あっけなくカーテンは開けられてしまった。
窓越しに見えたのは、庭の草花に弾かれて跳ねる、白くて小さい球体。
夏にお目にかかることは滅多にない、季節外れのもの。
「わぁ、霰ですねぇ」
事もなげに口にした葉月さんは、生まれて初めて見る雪景色に目を輝かせている。
(あぁ、その冷静さと無邪気なところ、少し分けてほしい)
絶叫寸前だった私は、力なく首を垂れた。
「なんで夏に霰? しかも、さっきまで真夏の気温だったのに……」
これも恐らく【世界の崩壊】と関係しているのだろう。
三十度近かった気温が、いつの間にか凍えるような寒さだ。
困り果てた私の様子を見て我に返ったのか、葉月さんがキリっとした顔で「これは悠長なことを言っていられませんね」と言う。
「一刻も早く、常世に戻らなければなりません」
葉月さんにツッコミを入れようとしていた私は、唐突の言葉に固まった。
「え、でもタウフィークさんから来ないようにって言われていましたよね? レオドール様からの連絡も来ていませんし」
「はい。タウフィークのことは置いておくとして、レオドール様から音沙汰がないことは気になります。現世に被害が及んでいるということは、常世はさらに崩壊が進んでいるはず。一刻も早く門を閉めなければならなく――」
言葉の途中で、葉月さんは大きく目を見開いた。
驚いたような、それでいて納得したような、そんな表情で「まさか……いや、でもあり得る」と呟く。
そしてジッと様子見していた私の視線に気づくと、困ったように眉を下げた。
「あの、もしかするとレオドール様は、月結びの儀式の存在を知らないのかもしれません。それから、五芒星の門のことも」
「えぇ!? 知らないなんてこと、あるんですか?タウフィークさんだって知っていたのに」
そう口にしてから、ハッとする。
以前、葉月さんが月結びについて説明した際、それを秘術と表現していたことを思い出したのだ。
「その【月結びの儀式】というのは限られたひとにしか伝えられないものなんですね」
半ば確認するような口調で尋ねると、葉月さんは小さく首肯した。
「はい、父からはそのように聞いております。全種族の族長、副族長。それから神様、政府。私はてっきり黄泉の王であるレオドール様にも伝わっているとばかり思っていましたが、よく考えてみると、高天原の管轄なので黄泉の方に伝える必要はないのかもしれません」
なるほど。私は一つ呟いて、思考する。
たしかに霊狐一族は桃源郷の住人なので、黄泉の王が知らなくても不思議はない。
天国にしても、桃源郷にしても、統治するのは神様で、月結びの儀式を行うのもその二つの地―つまり高天原―で完結する。
「それなら、たしかに知らないのかも。……ん? でも葉月さん。その月結びの儀式は、一度誰かが禁忌を破ってしまったら最後、高天原も黄泉も関係なく被害にあっちゃいますよね。だったら、黄泉も無関係ではないんじゃ? 」
私の問いに「そこなのですよ」と二度ばかり頷いて、葉月さんはため息をついた。
「もう少し詳しく父に聞いておくべきでした。しかし、まさか禁忌を破るものがいるとは。その本人だって、等しく火の粉を被るというのに」
苦々しく呟かれた言葉は、窓をたたく吹雪のせいか、やけに小さく響いた。
"がっつり説明回"はこれで一旦お終いです。
そして次回、52話を読んだ皆様は恐らくこう思うでしょう。
「えっ、ここで!?まじ!?」
……お楽しみに( ᵕᴗᵕ )




