歪み
レオドール様が【月結びの儀式】について知っているか否か。
結局のところ、その疑問は解決することなく隅に置かれた。
考えることは山積なのだ。一つの疑問に時間をかけるものでもない。
私たちは煎茶と水まんじゅうをお供に、話をつづけた。
「でも、月結びの儀式とレオドール様の転送機以外で現世から常世にわたる方法ってあるんですか? 」
五芒星の門も壊れて使えない、だから月結びの儀式も出来ない、と嘆いていた葉月さんに無理を承知で聞く。
すると、案外すんなりと頷かれた。
「えぇ、ありますよ。霊狐一族が願いを集めに行き来していた道ならば、おそらく可能です」
わかっていた。
葉月さんの常識が私の常識とかけ離れていることくらい、わかっていた。
ファンタジーな事実を聞いても驚かないくらいには慣れた。
「道!? 道があるんですか!? ど、どこに!?」
いや、気のせいだった。
全力で驚く私に、葉月さんはなぜか満足そうな笑顔を浮かべる。
「はい、道です。まぁ呼び名は坂となっていますが」
「坂……?」
小首をかしげる私に、葉月さんはさらに笑みを深めた。
「結奈さんも一度は聞いたことがあるかと。現世の文献でも目にしましたから」
そんなことを言われても、「はぁ」としか反応できない。
こうなったら当てずっぽうで答えてしまおう。
私は顎に手を添えて、殺人事件の真相を追う探偵のごとく考え込む。
「坂……、坂……、ええと、赤坂? いや、神楽坂? あっ! 神楽って、神事と関係ありそう!」
「そのような地名のところがあるのですか!」
――うん、違うようだ。
「うぅ、ギブです。わからないです」
早くも降参するへっぽこ探偵に、葉月さんは笑いをこらえながら「黄泉比良坂です」と正解を口にした。
「ヨモツヒラサカ。なんか聞いたことあります」
「おそらく、その黄泉比良坂です。私も実際に行ったことはないのですが、父や他の霊狐たちから聞いた話では、現世の島根県に入口があるのだそうです」
「ちょ、ちょっと待っていてください!」
県名を耳にして、私は慌てて席を立ち、スマホを持って戻ってくる。
ネットの検索画面を開き、文字を打ち込んだ。
「島根県の黄泉比良坂……あ、あった!」
本当にあった。感慨深くなって、鼓動が少し早まる。
「場所は島根県松江市の東出雲町……って、あれ?出雲って……」
「はい。桃源郷にも出雲町という町があります。神様のお屋敷がある町で、現世に一番近い場所と言われています」
すごい。私は声に出すことなく呟く。
今までハッキリと見えなかった常世と現世の繋がりが、形を成して確かな存在となったのだ。
どちらの世界も自分の目で見てきたけれど、ここまで現実味を帯びたことはなかった。
百聞は一見に如かずの本当の意味を知った気がする。
「じゃあ、島根県に行けばいいんですね?いつ行きますか?準備しないと」
椅子から立ち上がった私に、葉月さんがパチパチと目をしばたかせた。
「私と一緒に常世へ行くおつもりですか?」
混じりけのない驚きの声だった。
その声に一度口を閉ざした私は、やはり頼ってもらえなかったのだと理解して目を伏せた。
「行くつもりです」
感情を押し殺した声が、自分でも震えていることに気づいた。
私の返答を受けて、葉月さんは一転して無表情になった。
「危険な旅になりますし、何より常世に戻れば呪印が発動します。門を閉じるために神力を温存させる必要があるので、結奈さんに変化の術をかけるための神力が惜しいのです」
何も読み取らせない、というように顔を俯かせた葉月さんは、平坦な声でそう言い切る。
本心なのだろうか。
そう耳を疑うほど、葉月さんらしくない言い方だ。
しかし、両世界の存続がかかっていると思えば、嘘や建前には聞こえなかった。
私は何か言おうと口を開くけれど、うまく言葉を紡ぐことができない。
何を言ってもダメな気がした。すべて跳ね返される気がした。
葉月さんがここまで私を退けようとするのは初めてだったから。
(私にかける神力が惜しい、か。もっともだよね)
そう言い聞かせてもなお、その言葉が心に刺さって消えてくれない。
葉月さんと向かい合って座っていた私は、まるで彼の忠実な鏡のように、顔を下に向けた。
少しの沈黙が部屋を支配する。
やがて気まずい静けさに耐え切れなくなった私は、傷ついた内心を見て見ぬふりして口を尖らせた。
「そのつもりで私に黄泉比良坂の話をしたんじゃないんですか」
我ながら意地悪なことを言ったと思う。
葉月さんがあっと小さく声を上げた。
「それは…………ごめんなさい」
再び静寂が訪れる。
その時間が長くなればなるほど、その分だけ葉月さんとの距離が遠のいていくように思えて、私は性懲りもなく口を開く。
「どうしてもついて行ってはいけませんか?私が一緒に行くのは、迷惑ですか?」
自分が傷つくとわかっていてもなお、聞かずにはいられない。
いや、葉月さんの口から「迷惑です」とはっきり言ってもらえたら、諦められる気がしたのだ。
そんなわけないのに。
葉月さんは、けれどその質問に答えなかった。
ただ一言。「結奈さんには関係のないことですから」と冷たく離される。
その言葉になのか、それともつもりに積もった感情のせいなのか、私は自分の中の何かがプツンと切れる音を確かに聞いた。
思考が止まって、理性の伴わない勇気が湧き上がってくる。
「関係なくないです、葉月さん。全然関係なくなんかない」
喉が痛かった。悲しいという感情が痛みとなって自分の体の中で暴れているのがわかる。
葉月さんが何か言おうするが、それを遮って、私はハッキリと言った。
「好きなんです、葉月さんのこと」
好きという言葉がすんなりと出てきたことに、自分で言っておいて驚いた。
そして心の中で暴れまわっていた感情が、想いを口にしたことでピタリと収まったことにもわずかながらに驚く。
だが、一番驚いているのは急に告白を受けた葉月さんだった。
「え……?」
下がりがちな切れ長の目を丸くして、二の句が継げなくなっている葉月さんに、私はもう一度聞かせるように告げる。
「葉月さんのことが好きなんです。どうしようもなく」
大きく見開かれた金の瞳が、ゆっくりと瞬きを繰り返す。
不安定に揺れる目をまっすぐ見つめて、私はさらに続けた。
「好きな人が果てしなく遠い場所に、それも命の危険にさらされるようなところに行くんです。本当は行ってほしくなくて、でも世界のことは大事で、私なんかが引き留めたところで……いえ、引き留めることさえおこがましい。だから……」
途中から視界が揺らいで見えにくくなって、葉月さんの姿が上手くとらえられない。
ぼんやりと見える表情は泣きそうで、私はふと思い出す。
他人は自分を映す鏡なのだ。
──泣いているのは、私だ。
頬を伝う涙をそのままに、私は顔を上げた。
「とにかく、葉月さんが常世に行くのなら、私も一緒に行きます。変化の術はかけてもらわなくて結構です。ただ、お傍にいさせてください。前にも言いましたけど、私はもう、大切な人を失いたくないんです」
文字数の都合で中途半端なところで切れてしまったぁぁあ!
申し訳ない( ˊᵕˋ ;)




