常世と現世の理
「結奈さん。お待たせしてしまいすみません。もう大丈夫です」
鬼のような着信履歴に震えつつ、麗たちと何とか話をつけた私は、葉月さんの言葉に頷いた。
私が電話の相手に向けて謝り倒している間、彼はずっと考え込んでいた。
恐らく、惨状の理解は終えていた。
そうでなければ、あんな暗い表情を浮かべるはずがない。
では何を考えていたのか。
答えは簡単だ。
これからの対策と、そして私に説明する順序立て。
それら二つを頭の中で整理していたのだ。
「本題に入る前に、いくつか結奈さんに知ってもらわないといけないことがあります」
「知ってもらわないといけないこと……」
オウム返しをする私に、葉月さんが小さく頷く。
「はい。それは、霊狐一族が何百年もの間ずっと行ってきた、とある術のことです。それも、選ばれた者にしか扱えない、とても貴重な秘術。そしてそれは今回の事件の根底でもあります」
ずいぶんと物々しい言い方に、私はごくりと喉を鳴らした。
以前、タウフィークさんから霊狐一族について聞いたことはあった。
『 天国と桃源郷を治める神様の補佐官であり、ときには現世へと赴いて、人々の願いを集める仕事。転送術を主とした、術をかけることを得意としているんだ』
たしか彼はそう言っていた。
自分で聞いてみろ、とも。
けれど、結局本人に聞く勇気は無かった。
嫌な思いをさせてまで、彼の過去を聞き出そうとは思えなかったからだ。
そんな彼の一族の話が、ようやく聞ける。
「霊狐一族の行っていた術は、『月結び』と呼ばれる転送術です。瀕死で送られてきた人間の魂を現世に還す術で、後継の証である、銀の髪を持つ者だけが扱えます」
「それって……私のお父さんとお母さんがかけてもらうはずだった……? 」
私の問いに葉月さんが首肯した。
「ええ。満月の夜に転送地で行われる、あの術です。常世と現世の隔てを唯一行き来できる方法で、五つの門から成っています」
言いながら、葉月さんは片手を宙にかざした。
その手から術玉が放たれて球体ができあがると、それはやがて地形を刻み、見慣れたものへと変化していく。
──地球だ。
(えぇ……片手で地球を作り出しちゃったよ! なんか、すごく神様っぽい!! )
葉月さんは呆気にとられている私の横で、今度は人差し指を使って星を描き始めた。
お手本として飾れるような、とても綺麗な五芒星。それが深緑の光によって輝いている。
星が地球に重なるようにしてハッキリと浮かび上がると、ようやく彼は口を開いた。
「この星の頂点が五つの門の場所です。転送される際、人の魂はこのうちの、故郷に最も近い門から解き放たれます」
「まさかの世界規模……なんか、途方もない話ですね」
それでも効率の良い手法をとっているところが、変に現実味を帯びていた。
たとえば、一日が二十四時間で巡るように。
たとえば、この世にあるもの全てが原子でできているように。
原理も何も分からないけれど、【そういうもの】として理解してしまう。
「その月結びという術が、世界が崩壊する原因なんですか? 」
「はい。もう少し詳しくいえば、何者かが月結びの禁忌を犯したことが原因です」
険しい表情を浮かべた葉月さんは、温柔な彼にしては珍しく棘のある言い方をしていた。
「その禁忌というのは? 」
そう尋ねると、葉月さんは記憶を探るように、そっと瞳を伏せた。
「全ての門を開くこと勿れ。若し然らずは世界が滅ぶべし。つまり、五つの門を全て開けてはいけない。もし開けてしまえば、世界が滅ぶ、と。古い文書の一節にはそう書かれていました」
そして、その五つの門全てを今、誰かが開けてしまったのだという。
……一体誰が?
私は名探偵のごとく顎に手を当てて、それから「あれ? 」と眉を寄せた。
(この術って、霊狐一族しか扱えないんじゃなかった? しかも、族長を継承する権利のあるひと……それってもしや……)
「犯人は小春さん……? 」
脳内に転がった言葉にハッとして、私は慌てて口を抑えた。
証拠も無いのに、他人の、それも親族の前で口にすることではない。
(聞こえちゃったかな? やだ、どうしよ……)
本来なら聞こえるはずのない私の思考も、術のかけられた今ではしっかり聞こえたはずだ。
口に出そうとした言葉の全てが共有されるのだと、前に説明を受けたので間違いない。
「あ、あの……すみません。不謹慎なことを言ってしまいました」
慌てて頭を下げる私に、葉月さんは苦笑しつつ首を振った。
「いいえ。実の弟である私ですら、真っ先にそう考えましたから。ただ……動機が定かではないことが気になりますね」
(動機……動機かぁ…)
小春さんは霊狐一族の、それも族長の娘だ。
五つの門が全て開いてしまったらどうなるのか、きっと知っているはず。
つまり、世界が滅ぶことをわかった上で行ったということだ。
動機についてうんうんと考え込んでいた私は、ふと小春さんに別れ際に言われた言葉を思い出した。
風音に紛れるようにして、彼女はこう言った。
『最後に一つだけ。敵の正体はね、いつだって恐怖と憎しみなのよ。あなたも葉月も、向けられた憎悪からは逃げられない』
(向けられた憎悪……誰かが私たちを憎んでいるってこと? よく分からないけど、誰かを傷つけたのなら謝りたいな)
生きていれば、無意識のうちに人を傷つけてしまうこともある。
そして、ときにそれは償えないほど大きかったりする。
──果たしてこれは、償えるほどの大きさの厭悪なのだろうか。
【わからない】という状態が酷く恐ろしくて、私は葉月さんの手を握りしめた。
文字数削るの、めちゃくちゃ大変だった!!
説明したいことがありすぎて……。
それにしても、気を抜くと葉月さんが弟だということを忘れてしまいそうになります笑笑
なんでだろう……?
次回は女子トークダヨ!つまり、定番のアレですね!やっほう




