組織という名のパンドラの箱
「ねぇ、ザハラ。あなたは何故ここに入ろうと思ったの? 」
二本の尾を揺らしながら、澄々花という名の少女がタウフィークに尋ねた。
もっと詳しくいえば、アラブ系美女に成りすましたタウフィークに、だ。
猫又の彼女は、ツリ目がちの瞳を真っ直ぐタウフィークに向けている。
ちなみに、ザハラというのはタウフィークの母の名から借りた仮名だ。
「そういう澄々花は? どうしてここへ? 」
潜入してまだ一週間なので、組織の正体はあまり分かっていない。
下手なことを言えないため、タウフィークは質問を質問で返した。
しかし、気の良い彼女は嫌な顔せず口を開く。
「私、この前の薬師襲撃事件で兄を亡くしたの。見習いから上がりたての薬師だった」
ぼうっと遠くを見つめる彼女は、まだ深く負った傷を癒すことが出来ていないようだった。
酷く悲しそうな、それでいて怒りの含んだ瞳をしている。
なんと声をかけたらいいのか分からなくて、タウフィークは無言で澄々花を見つめた。
「族の仕事もしながら、兄は薬師の仕事を必死でこなしていたわ。専属の患者さんだって何人かいた。それなのに……兄は何も悪いことをしていないのに、殺された」
──それも、同じ薬師の者に。
そう付け加えた声は、怒りに震えていた。
「薬師……? 犯人が薬師だなんて、誰が言ったの? 俺……じゃなくて、ええと、私は黄泉の貴族が犯人だって聞いたわよ? 」
事件の概要を国民に公表したのは、紛れもなく副族長のタウフィークだ。
葉月と結奈の存在をぼやかして、「人間を誤送してしまった貴族」を犯人だと言った。
実際に薬師に手を下したのは貴族の使役する野妖たちだったので、嘘ではない。
それがどうして。
呆気にとられるタウフィークの様子に、澄々花は察したように顔を歪ませた。
「あなたはアルミラージだものね。上の人にそう伝えられたのでしょう。でも元凶は別にあるの。政府の方が、遺族の人達だけに特別に教えてくれたの」
(政府が……)
タウフィークはしばし瞑目した。
悪態をつきたくなるのを、額に手を置くことで留める。
そんなタウフィークの様子に気づくことなく、澄々花は続けた。
「政府によるとね、黄泉の貴族達が無差別に薬師を襲ったのは、人間を匿った薬師のせいなんだって。しかもその薬師、偽神のくせに普通の妖に紛れて生き延びていたの」
穢らわしいとでも言いたげに、澄々花はさらに顔を歪めた。
ここまで聞けば、誰が悪者に仕立て上げられているのか一目瞭然だ。
偽神でありながら生き延びた者など、葉月以外にいない。
「それで、そいつに復讐をしたければここに入れって言われたの」
聞き終えてゾッとした。
ようやくこの組織の正体を知り、そして政府の企みも理解する。
(ここは葉月を殺すためだけに作られた組織。そしてこの組織を動かしているのは政府だ。神の力を持つものは二人も要らないから、神の存在を揺るがす存在である葉月を消す気なんだ)
「直接兄を殺したわけじゃないけど、それでも私はその偽神が許せない。……ここにいる人達の大半はそういう動機でここに居る。あなたは違うの? 」
疑うことを知らない無垢な瞳が、タウフィークに向けられる。
一瞬の沈黙ののち、彼は憂いの帯びた表情を作って頷いた。
「私も同じよ。親友を殺されたの。大切な、家族のように思っていた友人を。……あの偽神のせいで」
こんな嘘をつく自分に吐き気がした。
あいつはそんな酷い奴じゃない、優しい子なのだと、そう叫びたくなるのを必死で抑える。
タウフィークの言う【家族のように思っている親友】が、今まさに悪者扱いされている偽神様なのだと、一体誰が思うだろう。
「そういえばさっき、この組織の大半って言っていたけど、違う動機のひともいるの? 」
何とか自制したタウフィークは、ふと気づいて尋ねた。
「うん、いるよ。目的は同じだけど、襲撃事件の関係者じゃないみたい」
「……なぜそう思うの? 」
さらなる問いに、澄々花は声を沈めて眉を寄せた。
「それはね、その妖達が、滅んだとされていた霊狐一族の生き残りだからよ」
「まさか、そんな……」
知る必要のある情報だった。
それと同時に、知りたくなかった情報でもあった。
その情報によってわかったことは、組織の正体や政府の企みだけではない。
十年前に起きた、霊狐一族の壊滅事件。
それを計画したのが政府であることは周知の事実であるが、一つだけ不明点があった。
それは、葉月が偽神様であることをどうやって政府が知ったのか、だ。
(それがこんな形で知ることになるとは……。最悪だ。葉月のことを政府に流したのが、霊狐一族だったなんて)
おそらく、偽神を育てることに反対していた者達の仕業だろう。
そして彼らは政府の庇護下にある。
『元は小さな組織だったが、最近になって増員し、今ではかなり巨大な組織になっているとか』
機密文書を盗んだ男に尋問して聞き出した情報の一つに、そんな内容のものがあった。
元の組織というのが霊狐一族の生き残りだとしたら全て辻褄が合う。
増員されたのは、澄々花のように葉月に恨みを持つ者たちだ。
「どうするかな……」
タウフィークによってポツリと呟かれたその言葉は、澄々花の雑談する声によってかき消された。
けれど、背後に怪しい影があることに、タウフィークは気づかない。
二人の会話を盗み聞きしていた影は、ニヤリと笑みを浮かべて立ち去った。
ようやくタウフィークさん側のストーリーが終わりました。皆様、お疲れ様でした!
次から葉月さんと結奈ちゃんのお話に戻りますので、何卒お付き合いのほどよろしくお願いします( ᵕᴗᵕ )




