いざ、潜入捜査へ
濡羽色の長い髪をなびかせて、一人の女性が廊下を歩いていた。
豊満な胸と艶やかなルージュが印象的な、アラブ系の美女だ。
深紅のタイトドレスを身にまとった彼女は、けれどどこかぎこちない。
──足だ。
10センチのヒールを履いた足が、プルプルと震えている。
明らかに慣れていない足運びで、美女はげっそりとした表情を浮かべていた。
長いうさぎ耳と立派な角、赤い瞳が特徴的な美女。
そう、彼女はアルミラージの者だった。
族風として提げているはずの剣はなく、細い腰は無防備に見えるが、纏うオーラには隙がない。
カツンカツンと響くヒールの音はやがて減速する。
廊下の突き当たりに位置する部屋の前まで来ると、女は素早く周囲を確認して、その部屋に体を滑り込ませた。
「ふぅ、何とかなったな。それにしても、ヒールってやつはなんでこんなに歩きづらいんだよ」
鼻にかかったような色気のある声が、似つかわしくない口調で発せられる。
重いため息をつく彼女の正体を、果たして何人が見破られただろう。
美女の正体は、変化の術のかかったタウフィークだった。
何故このような姿になったのか。
それは、今から1日前に遡る。
【──レオドールに命じられてやってきたのは、紫のローブに身を包み、深くフードをかぶった男だった。どこかミステリアスな雰囲気をもつ彼は、部屋に来てすぐに防音の術を施してくれた。
そして深く事情を聞くことなく、退出する。
洗練された一連の動きは、流石は専属術師だと言わざるを得ない。
王の専属になるということは名誉なことであり、そしてその実力は本物だ。
薬師や術者なら誰もが目標とする立ち位置で、けれど実際に成功するのはごく僅かである。
(そんでもって、葉月もそのうちの一人なんだよなぁ)
義弟として誇らしいという気持ちを通り越して、タウフィークは若干寂しさを覚えた。
小さくて可愛かった弟が立派になったなぁ、というやつだ。
「これで大丈夫だろう」
術が完全に作動したことを確認して、レオドールが言った。
視線があって、自然と体に力が入る。
「それで、神の失踪についてだが……」
藪から棒に本題を出され、タウフィークは思わず噎せかけた。
紅茶を口に含む前で良かった。
「唐突ですね……」
ティーカップに伸ばしていた手を引っ込めつつ、タウフィークはもの言いたげな目をした。
レオドールはそれを、軽く肩を竦ませて流してほくそ笑む。
「脳が情報を細かに理解する、コンマ数秒。その僅かな時間に浮かんだ表情こそが、偽りのない真実だ」
つまり、最初からタウフィークの言葉を信じる気はなかったということだ。
(心の内を簡単に見られてしまったような気がして、大変非常に悔しいけど……ここまで他者を警戒するんだ。味方となれば相当心強いぞ)
タウフィークは、まだ心に疼く悔しさを押しとどめて、敢えてニヤリと不敵に笑った。
「これで信用して下さいましたか? 」
「ああ、信じよう。君の豆鉄砲をくらったようなあの表情を」
「……レオドール様は素敵な嗜虐心をお持ちのようで」
抑えていた感情が言葉として出ていってしまった。
断じてわざとでは無い。計らず、ふと、偶発的に、である。
ピクリと眉を動かした王に、タウフィークは慌てて口を開いた。
「時間もないことですし、そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか? 」
「……いいだろう」
面白くなさそうな顔でレオドールは頷いた。
「ありがとうございます。それで、その頼みというのが……私に変化の術をかけて欲しいのです」
「変化の術? なんのために? 」
怪訝そうに小首を傾げられ、タウフィークは真剣な面持ちで頷いた。
「先程話した謎の組織の、潜入調査をするためです。組織にどんな妖がいるか分かりませんから、もしそこに知り合いがいた場合、色々と困りますので」
レオドールは少し考え込んだあと、何かを思いついたような表情でニンマリと笑った。
「なるほど、了解した。確かにそれならば変化の術がうってつけだな」
案外簡単に聞き入れて貰えて、タウフィークは胸をなでおろした。
「では、専属術師を呼ぼう。変化するのは……そうだな、女性が良いだろうな」
「………………は? 」
刹那、安堵の表情を浮かべていたタウフィークの顔が凍りついた。】
それからのレオドールの動きは速かった。
外で待機していたアーロンを部屋に招き入れ、術を施すよう命じる。
そして、我に返ってストップをかけるタウフィークを適当に宥め、ニヤニヤと隠しきれない笑みを浮かべた。
こうしてアラブ系美女が誕生したのだった。
タウフィークの感情を抑えきれずに飛び出した、あの言葉への腹いせだろうか。
(なるほど、これが因果の法則か。悪いことはするもんじゃないな)
美女は本日何度目かのため息をついた。
回想シーンがどこからどこまでなのか、少しわかりにくかったかもしれません。申し訳ない( ˊᵕˋ ;)




