敵か味方か
桃源郷から太陽が消えてから約一週間。
整っていた町並みは、もはや影も形もなかった。
崩壊した家々とひび割れた地面。
おまけに暴雨による湖の氾濫で、その近隣の住宅地は浸水した。
他にも山が土砂崩れを起こしたり、原因不明の地揺れが起こったり、とにかく異常事態のオンパレードだ。
そういうときに一番被害を受けるのは、守り屋であるアルミラージだ。
民の身の安全を第一に考え、政府からの無理難題を捌きつつ走り回る。
普段から多忙の身である彼らは今、史上最高に忙しい日々を過ごしていた。
「そんなときに……いや、そんな時だからこそ、この対談は成功させないと」
ポツリとそう呟いたのは、黒髪短髪に兎耳の青年、タウフィークだった。
腰から剣を提げ、目立たないように薄墨色の和服をまとっている。
アルミラージの屋敷を後にした彼が真っ先に向かったのは、レオドールの元だった。
タウフィークは適当そうに見えて、案外慎重な男なのだ。
何の情報もなしに敵陣へ乗り込むような、そんな愚かな真似はしない。
「みんな頑張っているんだ。俺も頑張らないとね」
うんうん、と一人で頷いていると、不意に足音が聞こえてきた。
堂々とした、迷いのない足運びだ。
タウフィークはソファーにもたれかかっていた背筋を伸ばし、立ち上がる。
間を置かずに、立派な扉が開かれて、足音の主が室内に入ってきた。
言わずもがな、この屋敷の家主であるレオドールだ。
上質なスーツを着こなす彼の容姿は、やはりどこか浮世離れしている。
「待たせたな」
「いえ。こちらこそ、貴重なお時間を頂きありがとうございます」
上流階級での身の振る舞いは幼い頃から慣れている。
タウフィークは大して慌てることも無く挨拶を終えた。
王がソファーへ腰を下ろしたことを確認し、タウフィークも座り直す。
「して、守り屋がこんな所に何用かな? 」
疲れを滲ませた顔で、レオドールが尋ねた。
やはり黄泉にも被害は出ていたようで、王である彼も始末に追われているらしい。
(どこまで彼を信用していいのだろう。葉月とのやり取りを見ていた限りでは、話の通じる人のようだったけど、状況が違うしなぁ。それに、あの事について知らない場合を考えると、迂闊に口にできないな)
とりあえず、とタウフィークは口を開いた。
「今日は、守り屋としてでは無く、私個人の事情で参りました」
あくまでタウフィークの意思。一族は関係ない。
そういう意味を込めて言えば、すぐに察したらしいレオドールは眉を僅かに上げた。
「なるほど。考慮しよう」
「ありがとうございます」
「それで、タウフィーク。私の貴重な時間を割いて、この話し合いをしているんだ。何か意味のある話なのだろうな? 」
遠回しに早く話せと促され、タウフィークは大きく頷いた。
「ええ。常世に起きた異変の原因について、心当たりがあるのです」
「ほう、それはまた……。では、その情報と引き替えに、私に何かして欲しいことがある。そういうことか? 」
流石、話が早い。
相手が何を求めているのか、それに対する対応の仕方。
それらを心得ている。
「その原因を知ってもらった上で、頼みがあるのです」
「わかった。頼みを聞くかどうかは内容によるが……それで良いか? 」
「はい。構いません」
今のタウフィークが持ち合わせている武器は、僅かな組織の情報と剣技のみ。
覚悟を決めてここへ来たのだ。
情報の開示を惜しむつもりは無い。
タウフィークは声量を抑えて、機密文書の窃盗事件や組織のことを話した。
神の不在については敢えて触れず、政府の怒りを買ってしまったことも伝える。
理由については、大事な文書を盗まれてしまったから、という内容にすり替えた。
「それで……罰として無期限の謹慎をくらった君は、危機感を抱いて単独行動している、と」
何かを考え込むように目を伏せたレオドールに、タウフィークは小さく頷いた。
「はい」
「ふぅん、そうか。なるほど。嘘はいけないな」
突如放たれた否定の言葉に、タウフィークが大きく目を見開く。
「……え? 」
顔を上げて聞き返せば、ニヤリと口角を上げたレオドールと目が合った。
「いいや、私を試したのか」
「……何のことでしょう? 」
小首を傾げたタウフィークに、レオドールはハハッと笑い声をあげた。
「とぼけられても困る。君は嘘をついてこそいないが、ある事実を隠した。それも、私がすぐに気づくような、そんな隠し方をして」
尋ねられたわけじゃないので、タウフィークはあえて口を閉ざしたまま、黄泉の王を見据える。
その視線を真正面から受け、彼は肩をすくめてみせた。
「まぁいいさ。慎重な奴は嫌いじゃない。そうだな、君の求めている答えを言ってやってもいい。だが、正直簡単に口にして良いものでもなくてな。安全に伝えることの出来る手段があれば良いのだがね」
何かないかな? なんて問われ、タウフィークは身を前に乗り出した。
「それでしたら、レオドール様の専属術師を一人、呼ばれてはいかがでしょう。防音に関する術が存在するはずです」
「おや、君は術に明るいのか。葉月の入れ知恵かな? 」
食い気味に申し出たタウフィークに少し笑って、レオドールは了承の意を示した。
そして、部屋の外に待機している衛兵に
「アーロンを連れてこい」
と声をかけた。
なぜかレオドール様の「ハハッ」という笑い声がミッ〇ーの声で再生される……。




