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手に入れたチカラ

実際、今日は授業というものは無かった。

ただ魔法少女としての心得や魔法を使う上での基礎を聞かされただけで、最後に例のチーム分け用のプリントが配られた。


私と綾香は既に決まっていたので、授業の終わりに里奈と未優の名前をそのプリントに書いて提出した。



○○


終礼のチャイムが鳴り、私は真っ直ぐ未優のクラスへ行った。

未優は私を見つけるとにっこり笑い、私の腕を掴んで引っ張った。


「みゆみゆと魔法特訓~!レッツゴー!」



未優に連れてこられたのは、地下だった。『練習場』と書かれた看板が立っている横の階段をずっと降りていくと、校庭より広い敷地の場所があった。殺風景な体育館といったところか。


「この学園の地下は殆どこの練習場になっているんだよ~。」


未優はぐいぐいと私を引っ張り、しばらく歩いたところで足を止めた。

「この辺なら人少ないしいいかな……。」


ふと壁際に目をやると、エレベーターのようなドアと、暗証番号を押すようなスイッチがあることに気づいた。


「こんなところにエレベーターがあるのか?」

と私がそれをしげしげと眺めながら尋ねると、未優が笑いながら首を振った。


「違う違う、それはね……練習台装置!」


練習台装置?


「私も昨日早速ここで遊んで帰ったけど、やっぱここの設備良いよ!……今日は秀美たんも居るし…攻撃なしの超イージーモードでやりますか!」


未優がぶつぶつと言いながら、ピッピッとスイッチを押していく。


「数はとりあえず百くらいにしとくね!ではでは~スタート!」


一番下の赤いボタンを押した瞬間、ウィーンとドアが両側に開いて、そこから人型のモノが次々と出てきた。


……いや…、あれは人なのか?まるでゾンビだ。目は落ち窪み、皮はすべて剥けて骨が剥き出しになっている。所々に肉がついてはいるものの、それがかえってグロテスクだ。

口をだらしなく開けて、うーうーと呻きながらこちらへ歩いてくる。

そんな化け物がゾロゾロと湧いて出るのだ。


「うわっ!」

私は思わずのけぞった。百体…それはおぞましい数だった。ズルズルヌチャヌチャと音を立てて、こちらへジリジリと歩み寄ってくる。


「大丈夫だよ~。今回は何も攻撃してこないから。それじゃあ秀美たん、ちょっと私から離れてて。」



言われるまでもなく、私は既にはるか遠くへ移動していた。


「あはは、そんなに離れなくてもいいのに~。……でも、まぁ、そのくらいが安全かな?」


未優の口元がフッと緩む。そして化け物達に狙いを定めて両腕を前に突き出した。


破壊(ディストラクション)!」



ドォォン!と爆発音が練習場に響く。その後もバン!バン!と何かを爆発させる音が続き、やがて静かになった。



何を爆発させたか?そんなの決まっているだろう……。

白い煙が立ち込める中に、未優の姿がぼんやりと浮かぶ。私はせき込みながら彼女に近づいた。しかし目に飛び込んできた光景に思わず足を止めた。


「なんだこれは……。」


目の前は一面真っ赤に染まっていた。ヌチャ、と音がしたので足を上げると、先ほどのゾンビの肉片を踏みつけていた。ゾンビの身体は殆どが吹き飛び、形は何も残っていなかった。


「百体を…一気に殺したのか?」


背筋が凍る。何かが違う。こんなのは違うぞ!


 私の中の理想の魔法少女像がバラバラと脆くも崩れ去る音が聞こえた気がした。



未優が紫の髪をなびかせてくるりと振り返る。


「もうっ!人聞き悪いよ秀美たん!言ったじゃん練習用だって。こいつらに意思も命もないんだって。ただの人形だよ?」


「でもこいつらは動いていたし生きていた!どこで作られているんだ?」



 ゾンビが出てきたドアに手を当ててそう言う私を、未優は冷ややかな目で見ていた。

しかしそれはすぐに笑顔になり、再び壁のスイッチに手をかける。



「……じゃあ次は秀美たん、いってみよっか♪」



突如私の目の前の扉が開き、例のゾンビがズルズルと出てきた。

扉はその一体を外に出した後、すぐに閉まった。



「初めてだから一体でいいでしょ?ほら、殺っちゃって♪」


 ゾンビは無抵抗のまま、一体だけで俺の前に立つ。



 ほら、殺せ。俺はその為に生まれてきた………。



そう言っているかのようだった。




「……私にはできない…。」


私が声を震わせてそう言うと、未優は冷めた表情で私の隣に立った。


「ふーん。何言ってるの?パパッと終わらせて寮に帰ろうよ。ああ、魔法全く出来ないんだったっけ?」


未優は私の後ろに移動すると、いきなり後ろから私を抱きしめた。


「なっ……!何をする気だ!?」


私はもがいたが、身体はピクリとも動かない。この華奢な少女の何処にそんな力があるのか……。私は初めて未優に恐怖を感じた。



「嬉しいな。私が秀美たんの先生になれるのか。ふふっ♪私の血をあなたに分けられるなんて…すごく嬉しい。」


不可解な事を言いながら、未優はガシッと私の腕を掴んだ。


「ねぇ、知ってる?魔法は誰でも使えるわけじゃないんだ。魔法を使う為にはね、まず魔法を知る者からチカラを分けて貰わないといけないの。だから、最初にチカラを貰う相手は……重要だよ?」


 まさか……私の場合、未優がそうだというのか?冗談じゃない。ロクな魔法を使えるようになる気がしない!


「私の塾の先生もね…すっごく強かったの。私は先生にチカラを貰えて本当に幸運だった。まぁ、それをどう育てるかは自分次第だけど…。さて、秀美たんはどんな魔法を使うのかな?」



不意に手のひらが熱くなる感じがした。しかしそれはすぐに凍えるような冷たさに変わる。



 気づくと、私は手に立派な剣を持っていた。


 それは透明で、なにやら波打っているような気がした。


「わぁ、すごいすごーい!本当に水の能力だったんだ!綾香ちゃん大当たりだねっ!」



水の能力?これが?


「その剣は秀美たんが創ったんだよ?ねっ?やっぱり私のチカラは強力だよね♪」


 手の中の剣は、よく見ると確かに水で出来ていた。しかしただの水ではなく、かなり圧縮された水が次々と湧いてそれを形作っている。


「ウォーターカッター……。」

 

 水で物が切れることは知っていたが、まさかこんな風に具現化されるなんて…。


「それなら簡単に倒せそうだね。ほら、早く!」


未優に急かされて前を見る。相変わらずゾンビは動かずにそこにいた。


「いや…やっぱり無理だ…。」



そう言って剣を下ろした私に未優は溜息をつき、壁のスイッチに手を伸ばした。


未優が何度かボタンを押したそのときだった。

ゾンビが私を目がけて飛び掛かってきた。


「うわっ!!未優!?」


 未優を見ると、彼女はしれっとこっちに手を振ってきた。


「秀美たんは優しすぎるの。そんな化け物さっさと殺せばいいのに。だからせめて無抵抗は止めさせてあげる。ほら、ノーマルモードだよ?」



 鬼だ。鬼畜だ。やっぱり未優は優しくないじゃないか!

しかし愚痴ってもいられない。ゾンビはひたすら私を噛もうと襲ってくる。


 ゾンビの手が私の首に伸びたとき、思わず私は剣を振るっていた。

いとも簡単にゾンビの首が地面に落ちる。


後には静寂が残った。




「うん、強い強い!秀美たんやっぱ才能あるよ!」


未優がにこやかに寄ってくる。



「おめでとう!これで晴れて魔法少女の仲間入りだねっ♪」



 何かが違う。私が望んでいたのはこんな血にまみれたものじゃない。

もっとふわふわしててキラキラしてて……仲間の力と共に悪を正義に変えるんだ。




「そうだよ、これが正義だよ?」


練習場を後にしながら未優は淡々と言った。

「言ったでしょ?現実は甘くないって。」


「でも私は……!」


私が言いかけたところで、未優は人差し指を立てた。


「まぁ、いいじゃん!魔法使えるようになったんだし!ねっ?」



 そう、私は未優と同じ破壊型の…何かを傷つけて壊すタイプの魔法を手に入れてしまったのだ。

私は手を握ったり閉じたりを繰り返した。多分もう自分の意志で魔法を使える……。



それにね、と未優が私を振り返り、顔を寄せて耳元で囁いた。



「もうすぐ来るんだ……私たちの時代が。」


 コイツは何を言っているんだ?私はあきれた目で未優を見た。


「……で?」


「あはは、冷たいなぁ。だからね、愛とか平和とか、そう言ってられない時代がくるの!示してやろうよ。甘い理想だけが正義じゃないって。私たちのように力で抑えて破壊することも正義になりえるって事をさぁ!」



…お前、いつから悪役になった?



○○


学校を出て、私たちは真っ直ぐ寮へ帰った。

綾香や里奈が食事に誘ってきたが、とてもそんな気分ではなく私はずっと自室に籠っていた。




 夜は更けていく。しかし全く眠れない。時計を見ると、針は午前三時前を指していた。



 ふと、私は例の公衆浴場に行ってみようと思い立った。タンスから適当にタオルや下着を引っ張り出して、鞄に入れる。

そして静まり返った寮内を、足音をひそめて歩き、ひんやりと冷たい夜空の下へ出てきた。



「……静かだ。」


私は表札に従って、温泉を目指して歩き出した。



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