幼女…じゃなくて先輩との出会い
このムーンライト荘には一部屋にひとつずつユニットバスが完備されている。
しかし、寮から少し離れたところに公衆浴場もあるのだ。そこは寮生関係なく、学園の生徒なら自由に利用して良い事になっている。
そして今日、始業式の日から公衆浴場が開放される事を里奈は思い出したのだ。
「公衆浴場ってねー、源泉かけ流しの温泉らしいよー!」
と里奈が嬉しそうに言う。それは私も知っている。エリート目から見ても魅力的だ。公衆浴場は二十四時間開いているので、誰も居なさそうな深夜に入ってみようかと実は前々から目論んでもいた。
「えへへ、もう準備してきましたー!」
いつの間に自室へ戻っていたのか、綾香がビニールバックを片手に入ってきた。
そしてそのまま私の部屋で持ち物点検を始めた。
「タオルと~、シャツと~、ブラとパンツ!……シャンプーは向こうにありますよね?」
と朗らかに綾香が里奈に尋ねる。
「うん、あると思うよー。」
おい、人の部屋の床に下着を並べるな。
「きゃーっ、綾たんの毛糸パンツかわいい~!」
未優、お前もチェックするな。
「……でも子供っぽくないでしょうか?」
と、綾香。
「いやいや、むしろすごく良いよ!ねっ、秀美たん!」
「ああ、悪くない。」
私は躊躇う事なく頷いた。
……って、何を言わせるんだ未優!
「やっぱ秀美たんも分かってる~!」
……全く。女子の世界もこんな感じなのか?
「ねぇ、今日開放初日だから、すごく混むと思うよ!早く行こっ!」
と里奈が未優と私を引っ張る。
もはやどうしようと言っている場合ではない。どうにかしてこの状況を切り抜けねば!
「……里奈、すまない。私は一緒に入らない。いや、入れないんだ。」
私は何か重要な理由があるかのように、含みながらそう言った。
それを聞いて、
「あっ、もしかして……女の子?」
と里奈が小声で私に言った。
なにっ!?疑われた!どういうことだ!?まさか先ほどのセリフで私が男だとバレたのか?
……いや、それならばこの質問はおかしい。「もしかして男の子?」と聞くはずだ。
「……ま、まあ、そうだな。」
私は女という設定だから、こう答えるしかなかった。すると、
「ああ、アレか~。」
「アレだったら仕方ありませんね。」
と未優と綾香も妙に納得したように言って、里奈も、
「じゃあ終わったらまた一緒に行こうね!」
と意味深な言い、他のみんなを連れて部屋から出ていった。
……アレ?終わる?…一体何だと思われたんだ……?物凄く不安なんだが。
しかし、何かは知らないが向こうが勘違いしてくれたお陰でどうにか乗り切れた。
今日はやめた方が良いだろうから、温泉にはまた明日の深夜にでもこっそり入ろう。
○○
私は部屋から出て一階の食堂へ向かった。
午前六時から八時と午後五時から十時はこの寮の食堂経営時間だ。
メニューは毎日変わるが、全員同じものである。今日の夕食はデミグラスハンバーグらしい。
カウンターで部屋の鍵を見せると、タダで料理を作ってくれる。私は食事が乗ったトレーを持って適当に食堂の隅の席に座った。
ハンバーグを小さく切って口に運ぶ。ふと、午後七時の最も混みあう時間にしては人が少ないことに気が付いた。
恐らく全員里奈と同じことを考えているのだろう。公衆浴場は他の寮生も利用するから、今頃大混雑している筈だ。
ふっ…残念だったな。ということは八時にはこの食堂も人で溢れかえるだろう。その前に手早く食事を済ませよう。
私はデザートのプッチンプリンに手をかけ、それを美しく皿に落とした。
スプーンを手に取り食べようとしたとき、すぐ隣で「ああーっ!」と声がした。
くるりと首をひねってみると、黄色い髪をした小さな少女が涙目で床を見つめていた。
そして彼女の視線の先には、無残にも床に叩きつけられたプリンがあった。
「私の……私のプリン……。」
少女の目にみるみる涙が溜まる。私はいたたまれなくなって、白いハンカチをサッと取り出してその少女に手渡した。
「あ、ありがとう……。」
顔を上げたその子は、高校生というにはかなり幼い顔立ちをしていた。小学生といっても誰も疑わないだろう。
「プリン……落としたのか。」
と私が言うと、コクンと頷いた。
なんだか幼女を相手にしているような気持ちになり、気づくと私は自分のプリンを少女に差し出していた。
「……いいの?」
おずおずと少女が手を伸ばす。
「ああ。私はもう腹が一杯だ。お前が食べればいい。」
パッと幼女の顔が明るくなる。おっと、つい幼女と言ってしまった。
「わーい!ありがとうー!」
私の手から少女がプリンを受け取る。その瞬間だった。
「あっ!!」
少女の手の皿から、プリンがツルリと滑り落ち、先ほど落ちていたプリンの横に仲良く着地した。
「………。」
「………。」
我々はしばらく無言でその残骸を見つめていた。
○○
「折角貰ったのに本当にごめんね。」
ロビーのソファに座っている私に、幼女が自販機で買ったコーラを差し出した。
「別にいい。それにこんな気遣いも結構だ。」
私がコーラを返そうとすると、幼女は手を振って受け取ろうとしない。
「いいのいいの。私の方が先輩だからね。」
……先輩?
私が幼女をまじまじと見つめていると、幼女は照れ臭そうに笑った。
「私いっつも年下にみられちゃうの~。私は愛田美紀。2-Cだから二年生!よろしくね♪」
なんということだ。私はつい先ほどまで彼女を幼女呼ばわりしていた自分を恥じた。
先輩だったのか……。
私もおずおずと自己紹介した。美紀は元気にうんうんと頷く。
それから、寮は過ごしやすい?だの、他愛無い質問を私に浴びせた。
「この学園は辛いこともあるけど、総合すれば楽しいから!頑張ってね!」
最後に美紀はこう言って立ち去った。先輩だという視点で見ると、妙に彼女が大人びて見えた。しかし、彼女をそう見せるのは恐らくそれだけではないだろう。
先輩の言葉が妙に引っかかった。……総合すると、ねぇ……。
私も手の中のコーラを握りしめて立ち上がり、先輩と反対の階段へ向かって歩いて行った。
……今日は少し勉強してからすぐ寝ることにしよう。
○○
次の朝。
私は六時に目が覚めた。目覚まし時計などかけなくても、体内時計でキッチリ起床することが出来る。
ベットの中で軽く伸びをして、のろのろと布団から出た。そして枕元のブラウスを手に取り着替え始めた。
この学校にも一応制服は存在する。茶色のブレザーに赤いチェックのスカート、赤いリボンと中々可愛い部類の制服なのではないだろうか?
私は洗面所の鏡の前に立つ。元から女の子っぽい顔ではあるが、メイクを落とすとやはり男だ。速やかに、かつ丁寧にメイクをした後、髪を結ぶ。いつ誰が来ても良いように、寝る時もウイッグはつけたままにするようにした。勿論風呂では外す。
部屋の鍵と鞄を持ち、自室を出た。そしてそのまま食堂へ直行する。
これが私の生活サイクルだ。この時間は食堂も空いている。授業は八時半から始まるので、ゆっくりできる。早起きは大切だ。
○○
授業が始まると、時間はあっという間に過ぎた。やはり私は魔法以外でならエリートだった。
入学早々のテストも全教科満点を取り、綾香やその他の女子を驚かせた。
しかし良い気にもなっていられない。次の授業は魔法演習だからだ。
一度全クラスの生徒が講堂に集められる。舞台の上に学年主任と思われる教師が立ち、整列する私達を見下ろした。
「えー、昨日皆さんに受けて貰った魔法適性検査の結果が出ました。それぞれに結果を配布しますので、そこに書かれた教室に行って授業を受けて下さい。」
なんと魔法の授業は成績別にクラスが分けられるらしい。私の元に配られた結果は、案の定『D』。一番低いクラスだ。
「私もDクラスなんですよ~。頑張りましょうね、秀美さん!」
綾香もDクラスらしい。ここでは花を咲かせる能力も底辺と見なされるのか。
教師の説明が終わった後、Aクラスから順に教室へ戻るよう指示された。最上級であるAクラスの生徒はわずか10人程だった。
そしてその中に……山城未優の姿があった。
私は今日の放課後彼女に魔法を教わることを思い出した。本当に彼女はエリートだったのか……。
未優が私の視線に気づき、にこやかに手を振る。私も小さく手を振り返しておいた。
Aクラスが去った後も次々と生徒が移動する。そして最後に取り残された我々Dクラスも、講堂を後にしたのであった。




