男だとバレた
ムーンライト荘から五分で林の入り口に着いた。この学園の面積は広大だ。
しかし学費はとりわけ高いわけでもない。この維持費は一体どこから捻出しているのかと、疑問に思う。
林の中の緩やかな階段をサクサク歩く。足元はぼんやりライトで照らされているので、夜でも転ぶ心配はない。
まもなく、目の前に大きな建物が見えてきた。実質八分程度で温泉には着いた。
入り口のドアを開けて中に入る。自販機が並ぶブースを通り抜けて、脱衣所へ向かった。
……勿論、女しかいないという事が前提なので男湯などない。
電気は点いているものの、中には誰も居なかった。それもそうだ。夜中の三時なんか皆寝ているのだろう。
しかし、念には念を入れて全身をバスタオルで包み、ウイッグはそのままにして私は浴室へ入った。
カラカラと乾いた音を立ててドアを閉める。シャワーも何もかも貸切だ。
私は少々浮かれながら身体を洗い、露天風呂へ身を沈めた。
星が綺麗だ。冷たい空気と暖かい湯が実に心地いい。私は目を瞑り、ゆっくりと自分の世界に浸っていた。
そう、私は完全に油断していた。
異変に気付いたのはそのすぐ後だった。湯煙でぼんやりとはしていたが、ガラス戸越しに人影が見えた気がしたのだ。
私はすぐに逃げられるよう身構えたが、よく考えるとその方がリスクは高く危険であり、ここはずっと湯に浸かっていて、相手が風呂から上がるのを待つ方が良いだろうという結論に達した。大丈夫、この視界だ。大人しく浸かっていれば何の違和感もないだろう。
やがて、露天風呂へその人影が近づいてきた。
ガラス戸を開け、一糸纏わぬ姿を私に晒したその黒髪の少女は、風呂に先客がいて大変驚いたようだった。
私を見て一瞬硬直したが、すぐに笑みを浮かべ挨拶してきた。
「こんばんは。珍しいわね。こんな時間にお風呂なんて。」
「……こんばんは。夜眠れなくって。」
視線のやり場に少々困ったが、彼女の鎖骨辺りを見ておこうと決めたのでそうした。
「眠れないなら、ゆっくりするといいわ。私は桐生院美鈴。二年生よ。……あなたは一年生?」
そう言いながら、美鈴先輩はじりじりと私との距離を縮めてきた。
……これはマズいぞ…。
私は少しずつ、後ろに下がって逃げようとしたが、急に先輩に肩を掴まれた。
「ん?どうして逃げるのかな?」
やばい。これはやばいことになった。私の頭の中で警報機が鳴る。
「なんか……あなたどこかで見たような…。」
そう言いながらも、先輩はなお私の身体を触り続ける。
「君の肌スベスベね……でもちょっとゴツゴツしてる?…あれ……?」
撫でるような先輩の手つきが、急に感触を確かめるようなものに変わる。
これ以上は危険、いやもう手遅れだと判断し、私は慌てて立ち上がった。
……そのとき。
「……きゃっ!?」
図らずも一瞬先輩の手が私の下半身に触れた。
……終わった。ここに来て完全に私の人生は幕を閉じた。
「…おっ……おと……えっ!?女の子でついてるってまさか……ふたな…」
ザッパーーーン!!
先輩を思いっきり水中に沈めた。それ以上の発言は許さん。
「……ぷはっ!!ちょっと!何するの!?……っていうか…キャーーッ!変態!変質者!」
先輩はザザザザーっと私から離れた。……さて、どうしたものか。
「わざわざ女装してまでこの学校に来るなんて……もしかしてあなたはオタクなのかしら?ここに来れば魔法少女とイチャイチャ出来る!とか現実から逃げられるとか思ってきたのでしょう?クズね。本当に。人間のクズよ。」
と、先輩は完全に見下した冷たい目を私に向けた。
しかし私は事を荒げるつもりは毛頭ない。ここは紳士らしく、「我々の業界ではご褒美です」といった態度をとるべきだろう。
私は微笑みながら丁寧に頭を下げた。
「……あなたは何者?……正直引くわ。……でも、女装してまでここに来た君には好感が持てるわ。」
意外な展開になってきた。
「私、世の中の男はみんな女になればいいと思っているの。あなたは女装すればなかなか可愛いし、見込みがあるわ。」
と、トンデモ発言をする先輩。この人はあれか……女好きなのか。
「とりあえず、詳しいことは後でじっくり聞かせて貰うわ。安心して、誰にも口外しないから。ただし……」
と言って先輩はニンマリと笑みを浮かべた。
「あなたには私に大きな借りができるわね。」
嫌な予感しかしない。私はこれからこの人の言いなりにならなければいけないのか……。
しかし、これも私の軽率な行動が原因だ。
「……分かった。私は何をすればいい?」
「ふふ、いい子ね。でもまだ何もないわ。寮はどこ?一緒について帰ってあげる。」
ムーンライト荘の名前を出すと、先輩は少し驚いたような顔になった。
「あら、奇遇ね。私も一緒よ。最上階に住んでいるの。じゃあ、そろそろ帰りましょうか。」
○○
公衆浴場を出てから寮に帰るまで、私は先輩に根掘り葉掘りこれまでのいきさつを聞かれた。私自身、本当の事を誰かに知ってもらえて少しは楽になった気がする。
寮のエレベーターに乗る前、最後に先輩は私に尋ねた。
「ところで、あなたの名前を聞いていなかったわね。」
「佐藤秀美です。」
私が答えると、先輩は少しムッとしながら言った。
「違うわよ!本当の名前!」
「……それは秘密です。」
正直、何故だかここで本名を言いたくはなかったのだ。
「あらそう。……まあいいわ。どうもあなたとは初めて会った気がしないの。きっと本性を暴いてみせるから。」
そう言って先輩はエレベーターのドアを閉めた。……もうだいぶ暴かれた気分なのだが。
しかし困った。明日から先輩に出会いたくないが、同じ寮なのだからいずれ会うだろう。
そもそもこれも大きな誤算だ。まさかこんなに早く自分が男だとバレてしまうとは……。
私は部屋に戻り、華やかな魔法少女生活への希望が今日一日で全て壊れたのを後悔しつつ、眠りについた。




