第77話 只の親バカ
「間に合った? おかしな事を言うわね。お前のような人間が一人増えたところで何も変わらないわ。ところで一騎打ちに水を差したという事は当初の約束は無しという事になるわね? 本当にお前達人間は約束など守るつもりがない事はよくわかったわ」
エルディアが冷めた目でバデスを見つめると、バデスはそんなこともお構いなしに腰に下げていたウェストポーチからゴソゴソと煙草を取り出すと火をつけ始めた。
「おー、滅茶苦茶美人なのに怖ぇ女。それはさておきなぁ、嬢ちゃん。王城内って禁煙ってわけじゃねぇのに、みんな厳しすぎると思わねぇか? ストレス半端ねぇし、俺あの職場向いてないんだと思うんだが嬢ちゃんはどう思う?」
煙草をひと吸いしてからバデスはレイにそんなどうでもいい話を振ってきた。
「なぜ来たのですか!? 一騎打ちに水まで差して!」
「えっ? 俺、嬢ちゃんからも文句言われるのかい? どうせ、嬢ちゃんの事だ。一騎打ちに勝ったら王国の市民には手を出すなー! とか言って一騎打ちを仕掛けたんだろう?」
バデスはそう言ってもう一度煙草をひと吸い。
とはいえ、ふざけた態度だが、バデスの言っている事は当たっている。
レイは単なる時間稼ぎの為に一騎打ちを挑んだのだが、バデスがこうして手を出していなければレイは既にこの世にはいなかっただろう。
「嬢ちゃんは難しく考えすぎなんだよなぁ。一人でできることなんてたかが知れてるから適当に頑張りゃいい。仲間がいるんだから自分一人で背負い込む事なんてねぇのさ。フィルやレイラだって今の嬢ちゃんみたいに一人で突っ走ったりはしてなかったぞ。それどころか俺の前で娘自慢しながらイチャつきまくりやがってよ。そんだけ可愛いっつーなら俺に見せろって言ったらお前は煙草臭いから娘に近づくなって言うんだぜ? 酷いとは思わねぇか?」
バデスは愚痴りに愚痴りまくった後、また煙草をひと吸いした。
「だから俺は嬢ちゃんに会いに行ったのさ。そしたらよ、本当に可愛かったからびっくりしたぜ。せっかく引き取って家で煙草吸いまくってアイツらに嫌がらせしてやろうかと思ったのに、家でも煙草吸えなくなってよ」
「あの、バデス様、先程から何の話をしておられるのですか?」
「あぁ、只の愚痴だ。気にすんな。まぁ要は俺が言いたい事は一つ。フィルとレイラはお前が思っているような立派な騎士様なんかじゃねぇ。可愛い娘を守るついでに国を守っていた只の親バカだ。そんな可愛い娘のお前がついでに守っていた国なんぞの為に命を捨てるんじゃねぇよ。あとアイツらの夢だが、嬢ちゃんが良い男捕まえて結婚して、幸せに暮らす事だってよ。何のためにつけてるか知らんがそんなけったいな仮面さっさと剥げ。このままじゃ一生結婚できねぇぞ。アイツらの夢をぶっ壊す気か?」
「ぷっ! ふふふ。バデス様、お言葉ですが、一言ではありませんよ。……ですが、ありがとうございます。両親の事を教えて頂いて」
レイは知らなかった両親の一面を知り、笑みを溢した。
やはり両親は優しかったが、フィルとレイラは王国だけを守っていたのではなかった。
レイがいる王国を守っていたのだ。
「つーか、すぐに仮面を脱ぎ捨てる場面じゃねぇか? ここは?」
バデスは文句を言うと、レイは笑い声を上げながら、それを拒否する。
「ふふふ、帰ったら取りますよ。戦いの途中で脱ぐと調子が狂いそうで」
レイがこの場で仮面を脱ぐことができない理由は他にあったが、鈍感なバデスは気づくことなく「あぁ、それならいいが」と納得した。
そんな様子をじっと眺めていたエルディアがここでようやく口を挟む。
「遺言は済んだのかしら? 丸く収まったようで結構な事だけどどのみちお前達はここで死ぬのよ」
エルディアはそう宣言すると、周囲に【アイスランス】を瞬時に展開し終えた。
数はもう数える気すら起きない程に膨大な数だった。
エルディアが攻撃を再開すればいくら王国3騎士の2人を以ても防ぎ切る事など絶対にできない。
それでもバデスから余裕は消えることなく、短くなった煙草を吸い続けていた。
「怖ぇ女だな。でも俺達は死なねぇよ。今すぐ逃げっから」
「へぇ、面白いわね。逃げられると思っているのかしら? お前がそこのレイより強いとはとても思えないのだけど?」
「まぁ弱いわな。はっきり言って勝てるビジョンが浮かばんわ。……でもよ、いいのか? 下ばっか見下ろしてるが、たまには空を見上げてみた方がいいぜ?」
バデスはそう言いつつ、空を見上げた。
「?? 何を言って……」
エルディアがそう言って、後ろを向いた瞬間、バデスは煙草を投げ捨て、レイの手を掴んで走り出した。
煙草のポイ捨てはバデスのポリシーに反する行為だったが流石のバデスも今はそれどころではない。
とはいえ、逃げたことに気付かれればすぐにエルディアの【アイスランス】の雨が飛んでくる……はずだった。
だが、今のエルディアはそんな事に気をかけている暇はなく、既に頭の中から完全にレイとバデスの事など消え去っていた。
「……馬鹿な」
そう思わず呟いたエルディアが見上げた空からは今まさに無数の小隕石が降ってくる真っただ中だった。




