第76話 満を持して登場
「……ふふ」
「どうしたの? 覚悟は決まったのかしら?」
「えぇ」
エルディアの問いにレイは言い淀むことなくはっきりとした声で答えた。
レイは今自分がすべきことを改めて再確認した。
確かにあの優しかった両親ならば間違いなくレイに「逃げろ」と言うだろう。
もしかしたら、あれほどレイを厳しく育ててくれたバデスですら逃げろと言うかもしれない。
だが、両親が何と言おうともレイから逃げるという選択肢は完全に消えていた。
レイ自身が憧れた強く優しい両親のような王国騎士になる為にはここで逃げ出す事など絶対にありえなかった。
(私がここで死のうとも絶対に姫様があのアッシュという者達を連れてきてくれる。私が今、王国の為に出来る事はその為の時間稼ぎをすることだけだ)
そんな信念を込め、レイは再度剣を握り締める。
「来い、化け物」
「ふふ、酷い言い草ね。でもお前のような者は嫌いじゃないわ。間違いが起こらなければお前と共に戦う未来もあったのかしら? まぁ考えても無駄ね」
そうエルディアが言い終えると同時に、レイが斬り込んだ。
既にかなり傷と疲労で立つのも辛いはずのレイだったが、不思議と動きは悪くなかった。
「へぇ、凄いわね。この状況で肉体魔法の強度が上がっている。まぁ関係ないけどね」
「意味が分からないことを言いますね。はぁぁぁー!」
レイ自身自らの動きの速さが上がっている事に気付いていなかったが、エルディアの言う通り、この絶望的な状況と傷ついた体で戦う中、動きを上げていた。
だが、それでもエルディアに傷一つすら作る事はできない。
それでも意識が飛びそうになりながらも懸命にレイは剣を振り続ける。
既に戦いが始まってどのくらい経ったか分からなくなりかけていたその時、エルディアがポツリと言った。
「流石にめんどくさくなってきたわ。悪いけどこれくらいは良いわよね?」
エルディアは少し距離を取ると、自身の手のひらから氷製の剣を作り出した。
【アイスランス】で作り出したような武骨な物ではなく、まるで本当の剣のような芸術的な逸品だった。
普通の氷ならばミスリル製の剣と打ち合わせたならすぐに砕け散ってしまいそうな細身の氷剣だが、【アイスランス】や【魔氷樹】の時と同じく只の氷製の剣ではない。
それどころかエルディアが今持つ剣には【アイスランス】よりも濃密な魔力が纏わせれている。
魔力を感じる力がないレイでもエルディアの持つ氷剣の力を本能的に理解してしまった。
だが、それでもレイに引くことは許されなかった。
レイは再度、エルディアと打ち合うために、エルディアへと斬りかかった。
「へぇ、まともに攻撃してくるのね。楽しかったわ。でもこれで終わり」
エルディアはレイが出してきた剣に合わせるように氷剣を振る。
そして、剣同士が触れ合った瞬間、レイの持つミスリル製の剣は半ばにして斬り飛ばされた。
(姫様、バデス様、後はお任せします)
ミスリル製の剣を斬り飛ばされたレイにはもう成す術はなかった。
いや、仮に剣があったとしても、エルディアの氷剣を防ぐ手立てはない。
寸前に迫るエルディアから逃げられない事を悟ったレイはゆっくりと目を閉じた。
次の瞬間に自分は命を落とす。
そう確信していたのだが、いつまで経ってもその時は訪れなかった。
不思議に思ってレイがゆっくりと目を開けると、目の前にいるはずのエルディアがかなり後方に退いているのが見えた。
(……なぜ、下がった? あのまま斬れば私の負けだったのに)
気になって、よくエルディアの方を確認するとエルディアの更に後ろに一本の剣が転がっているのが見えた。
「一騎打ちに水を差すとは無粋な男だわ。やはり人間は愚かで醜い生き物ね」
エルディアはレイの方を睨みつけている。
(……水を差す?)
エルディアの意図を考えている途中でレイは違和感に気が付いた。
(見ているのは私ではない?)
レイはゆっくりと振り向くと、見慣れた一人の男の姿があった。
「バデス様!」
「あー、ギリギリ間に合ったみたいだな。ストレインの野郎を置いてきちまったぜ。嬢ちゃん、これが終わったら一緒にストレインの野郎に謝ってくれよな」
レイが振り向いた先に立っていたのはユーディーンを守っているはずの王国親衛隊騎士隊長バデスだった。




