第69話 ノーハンデ
「あ、ありえない。リティスリティア様——い、いやなぜあの女が今になって出てくる?」
「ん? なんだ? あの女を知っているのか?」
どうやら目の前にいるこのドラゴンは俺様をこの世界へと送り込んだあの頭のおかしな女の事を知っているようだ。
まぁ人間よりも長く生きているであろうドラゴンなら知っていてもおかしくはないかもしれない。
邪神呼ばわりこそされていたものの、ドレアス王国の人間にも知られていたくらいだからな。
「知らぬわけがないだろう。あの女こそ我らドラゴン族を始祖様と引き離した張本人だからな。そうか、だから貴様は魔法を使えるのだな。ふははは、なるほど。貴様はあの女に言われて我らドラゴンを滅ぼしに来たという訳か」
そんな事を言うとドラゴンは俺様にドヤ顔を向けてきた。
いい気分になっている所を悪いが、よく分からん上に見当違いである。
「あの女がお前らに何をしたかなど知らんが、俺様は別にお前らの事なんぞなーんにも聞いてないぞ。俺様は数年後やってくる悪魔から世界を救って欲しいとあの女に頼まれただけだからな。まぁ滅ぼしてほしいなら期待に応えてやってもかまわんが?」
「悪魔だと?」
話しているうちに地面へと叩きつけてやったもう一体のドラゴンが戻ってきていた。
そして俺様とドラゴンの話に割って入る。
「あぁ、俺様はそう聞いたが?」
「リティスリティア様はこの世界に母上がいる事を知っている。それに他にも多くの魔獣もいる。悪魔が多少攻め込んでくる程度で外の世界から助けを呼ぶなどありえない。そもそもそんなことせずともあの方自ら対処すれば済む話だ」
ドラゴンはそんな持論を展開してくるが、そんなこと俺が知るはずがない。
俺様とアレだけ戦えたあの女なら確かに悪魔など恐るに足りないのはそうかもしれないが。
俺様がそんな感想を抱いていると、持論を展開したドラゴンにもう一体のドラゴンをきつく睨みつけた。
「我らを捨てたあの女が我らを救うだと? それこそありえんな。邪魔になった我らを滅ぼす為にあの女はこの男をこの世界に送り込んだのだ。そうに決まっている!」
「黙れ! リティスリティア様はこの世界を見捨てなどしていない。あのお方は始祖様の盟友だぞ!」
「めでたいな。始祖様から引き離されて千年、未だあの女の事を信じているとは」
ドラゴンの言い合いは時を流れるごとに激しさを増していき、遂には取っ組み合いの喧嘩を始まりだした。
話が全く分からん上になんとも不毛で低レベルな争いである。
確かにあの女の頭がおかしいのは俺様としても納得するが、少なくとも俺様はドラゴンを滅ぼせなどと一言も言われていない。
裏切ったうんぬんの話は分からんが、あの女がこの世界を救って欲しいと願ったのは嘘ではないはずだ。
「あー、お前らの話は知らんが、結局の所アレだろ? お前らじゃ力不足だと思ったから俺様を頼ったのだろ? あの女は悪魔の軍勢とやらを警戒していた。お前らがリティスリティアを知っているというのならその悪魔共の心当たりはないのか?」
リティスリティアの反応からみて少なくとも、このドラゴン共よりは悪魔共は手ごわい相手な事は間違いない。
「我らや母上よりも強い悪魔……? そんなもの……、いや、ありえない、あの方が?」
リティスリティアを信じている方のドラゴンが何か思いたる悪魔に思い当たったのか考え込むように黙り込んだ。
「なんだ? 心当たりがあるならさっさと言え」
流石に俺様もそろそろ王都に向かいたい。
これ以上長引けば、人類最速の飛行速度を持つ俺様でもエメル達に追いつくことが難しくなる。
「いや、やっぱりありえない。いやだが、異世界を渡る魔法を使えるのはあの方くらいしか……」
「は、や、く、言え!」
「……我が始祖様の盟友の一人にウラド様と言う悪魔がいる」
俺様が急かすと、ドラゴンはぽつりと呟くようにその悪魔の名を口にした。
「?? 始祖様の盟友? ドラゴンなのに悪魔と盟友なのか?」
「始祖様本人はそうは言わないがな。だが、あの方たちは我らが生まれるよりも遥か前から共に長き時を過ごしてきた。喧嘩などはよくしていたが、あれほど強い絆で結ばれていた者を我は見たことがない」
ドラゴンはそう言って昔を懐かしむように遠くを見ている。
だが、それとは対照的にもう一体のドラゴンの厳しい表情のままだ。
「だが、そんなあの方たちをあの女は裏切った。あの方たちの信頼を一身に受けていた事を利用してな」
1000年前にリティスリティアが何をしたのかは分からんがどうやらこの2体のドラゴンはあの女が自分達を裏切ったか裏切っていないのか意見が割れているようだ。
俺様はリティスリティアが裏切っていないと主張するドラゴンへと視線を向けた。
「おい、お前の名は?」
「ボーゼンだ」
「そうか、ボーゼン。ではお前は俺様の言う話を信じるか?」
「……我だけでは判断できぬ。少なくともウラド様がこの世界に侵攻してくる可能性があるというのならば我らは話し合う必要がある」
俺の問いかけにボーゼンがそう答えると、リティスリティアの裏切りを主張するドラゴンが大きく声を荒立てた。
「ボーゼン、貴様! 我らを裏切る気か!?」
「オリス、我は裏切ってなどいない。この者があの方に導かれてやってきたのは間違いないのだからな」
主張が割れ、ボーゼンはとりあえずこちらの味方になった。
このままほっとくとまた大喧嘩を始めるのだろうが、俺様としてはそんなことを待つ必要も無い。
「状況が分かっとらんのか? ただでさえ勝ち目のない上に君はたった一人の仲間さえも失ってしまったわけだ。降参すればどうだ? うん?」
とりあえずドラゴンが一体いればエリシア達を乗せるには十分だ。
つまりこいつはもう必要ない。
「おー、ボーゼン。手出しせんでいいぞ。ただでさえ少なすぎたハンデがなくなってしまったからな。とっとと終わらせてやる」
そう言う俺様をオリスは激しく睨みつけている。
「ふはは、やってみろ。にんげ——」
ん。——と言い終える前に俺様はオリスの背後を取った。
先程よりはかなり速度を出したのだが、そんな俺様をオリスは目ですらまったく追えていなかった。
言動からしてこいつは俺様がさっきまで本気で戦っていたのだと勘違いしていたのだろう。
「なっ、どこへ消えた?」
一瞬にして視界から消えた俺様を探すようにオリスはキョロキョロとさせている。
「おいっ、ここだ。バカ」
あえて声をかけ、振り返ったオリスの横顔を俺は先程よりも強めに殴りつける。
「ぐぉぉぉー!」
俺様に殴りつけられたオリスはそんな叫び声を上げながら凄まじい速度で地面に向かい吹き飛んでいく。
ただそんなオリスをわざわざ地面に落下するまで今度は待つことはしなかった。
「ぐぇ!」
地面に叩きつけられそうになったオリスを直前で先回りして俺様は真横に蹴り飛ばす。
そして次は先回りして蹴り上げ、蹴り下げる……。
そんな風にしてボール回しのように俺様は1人でオリスを蹴り飛ばし続けた。
「まっ、ちょ、ま……」
次第に途中までは聞こえていたオリスの呻き声が聞こえなくなってきた。
どうやら気を失ってしまったらしい。
「なんだ、偉そうな事をほざいていた割につまらんな」
俺様はグッタリとなったオリスの巨体を両手で受け止めると、ゆっくり地面に下ろした。
そんな俺様の華麗なパス回しを見ていたボーゼンは衝撃な表情で俺を見つめ呟いた。
「……貴様、本当に人間か?」




