第59話 エムフォン
ガルドたちと共に家出た私は込み上がる怒りを抑えながら小さな声でガルドに話しかけました。
「あの男が言っている事は無茶苦茶です」
「ですが、あの男の協力を得る事が出来なければドレアスは滅びます。法外な報奨金という事は間違いありませんが、それが私達に課せられた使命です」
確かにそれはガルドの言う通りです。
それでも私には納得できません。
隔絶した力を持つ神獣ドラゴンを倒せる可能性を持つ者は唯一アッシュだけです。
その力は貴重で唯一無二な事は理解できますし、少なくない見返りを求める事もまぁ理解はできます。
もちろんその事は覚悟の上で私達はルベリ村へとやってきました。
とはいえ、物事には限度というものがあります。
50万白金貨。
そんな膨大な金額を私は見たこともなければ、あらゆる公共事業の予算ですら聞いたことのない額です。
大陸最大の大国であるドレアスの年間予算すらも超えるものを分担したとしても今の情勢下でドレアスを含めた周辺諸国が払えるとは思えません。
「そもそも悪魔の軍勢とはなんなのですか? 規模や強さも分からず来ることすら定かではない者の為に周辺諸国がそのような巨額な負担金を出しますか?」
「それはそうかもしれませんが、時間がありません。金額面を含めて、陛下と相談しようと思います」
「?? どうやってですか?」
ここから父上がいる王都は高速馬車を使ったとしても3時間はかかります。
とんぼ返りしたとしても往復するとなると6時間かかるわけでとてもではありませんが10分で返ってこられるわけがないのです。
私はガルドの言った意味が分からず、問い返すとガルドは懐から金属っぽい光沢を放つ15cmほどの直方体のような形をした機械らしき物を取り出しました。
「なんですか? それは」
「エムフォンです」
「エムフォン?」
私の聞き方が悪かったせいかもしれませんが、それを聞いた所で私にはそれがどういった用途で使う機械か分かりません。
ガルドは時間が惜しいのか私に「ご覧になっていれば分かります」とだけ言うと、謎のエムフォンなる機械についているボタンのような物を操作すると、エムフォンが耳と口元に当てるような形であてがいました。
「陛下、ガルドでございます。時間がありません。少々ご相談したい事がございます」
私が眺める中、ガルドは独り言を話し始めたのです。
ふざけている場合ではありません。
ガルドは交渉の最中も私を助けてくれた優秀な文官だと思っていたのですが、アッシュから受けた凄まじいストレスでおかしくなってしまったのでしょう。
「ガルド、気持ちは分かりますが今はそのようなことを——」
と私がガルドの奇行を窘めようとしたその時、私は信じられない言葉を耳にしたのです。
「ユーディーンだ。どうした? 交渉は終わったのか?」
はっきりと聞こえたその声は間違いなく、私の父ユーディーンの声そのものだったのです。
私はガルドの様子をしっかりと見ていましたが、ガルドの口元は動いてはいませんでした。
私はあまりの衝撃に言葉を失ってしまいました。
そんな私の驚きを無視して、ガルドと謎の父上らしき声の会話は続きます。
「いえ、無事交渉に入る事には成功しましたが、その交渉条件で少々ご確認したいことがございます」
「なんだ? 報奨に糸目をつけるなと伝えておいたはずだが? ……もしかして、エリシアを寄こせとでも言ってきたか?」
なぜか父上らしき声はこのような状況だというのに楽しそうな声色を含んでいました。
楽しい事など一つもありません。
ですが、それよりも驚きの方が多かった私はそのままガルドと父上?の会話を大人しく聞く事にしました。
少し楽しそうな父上らしき声とは対照的にガルドはあまり感情がこもっていなさそうな声で話を続けます。
「そうではございません。今まさに陛下が糸目をつけるなと仰った報奨金の話でございます」
「……ほぅ、糸目はつけるなと言ったはずだが、余に再度確認せねばならぬほど予想の上をいったか。あちらの要求はいくらだ?」
「アッシュ様が城で話していた悪魔討伐の報奨金と併せて50万白金貨を要求されました。神獣ドラゴン討伐後に1/10である5万白金貨を支払い、残りの45万白金貨は悪魔の軍勢を滅ぼした後に請求するが、50万白金貨の報奨金は悪魔の軍勢の脅威に直面する各国に要求するのでその各国の負担金の徴収はドレアスで行えとのことです」
「各国に要求か。なるほど、確かにそれなら最大限の報奨金を搾り取れるというわけだな。だが、それにしてもあの者も50万白金貨とは大きく出たな。普通に考えればありえない額だが」
父上らしき声が短い沈黙した後、父上?はすぐに考えをまとめたのかすぐに声が聞こえてきました。
「——分かった。それで構わぬ」
「よろしいのですか? 各国が支払いを拒否した場合、ドレアスがその責任の全てを負うことになりますが」
「あぁ、だがそれに関してだが、条件をつけたい。あの者がその条件を受け入れるというのならばこちらもその条件を受け入れると伝えよ」
その後もガルドと父上?は10分間と言う限られた短い間に話を詰めていくのでした。
読者の皆さんは薄々お気づきだったかもしれませんが、この世界には通信機器がありました。
補足しておきますと、この世界の通信機器はアッシュ君の世界で一般的(とはいっても魔法使いや魔法使いを雇えるようなお金持ちに限る)に使用されている通信魔法とは違い、魔法の使えない者でも使う事ができますが、通信魔法と違い多くの制限が存在します。
まず異常に高いです。
それに加え、一般的に普及していないのでエムフォンを入手できるのは、それなりの規模を持つ国の王族とごくごく限られた貴族に限ります。
それに加え、エムフォンは予め登録しておいた別のエムフォンとしか通信ができないため連絡を取りたい相手には予め互いに登録したエムフォンを持たせておく必要があるのです。
あとは基本的にエムフォンは内臓された使用容量が切れると、通信が出来なくなってしまう為、使う事が出来なくなれば買いなおす必要が出てきます。
なので、普段使いなどには向かず緊急に連絡を取らなければならない時などにしか使えません。




