第58話 ありえない金額
「ふー、ごっそうさん。見た目は最悪だったが、なかなか悪くなかったぞ」
「それはどういたしまして」
レジーナはそう言うと笑顔で俺が完食したカレーなる食い物が入っていた皿を台所へ運んで行った。
既に大半の者達が食事を終え、レジーナとグレイスは食事の片づけを始めていた。
なぜかエリシア達がこちらをじっと見つめているが俺様は特に気にすることなく立ち上がる。
「さて、寝るか」
「ちょっと待ってください!」
俺様が寝室へ向かおうとするとなぜか大きな声でエリシアに呼び止められた。
飯を食い終わったので後は寝るだけのはずだが、何かまだあるのだろうか?
「なんだ? 俺様の眠りを妨げる気か?」
「……ずっと寝ていたのですよね? 先程話を聞いてくださると言ってくださったではないですか!」
「んん? あぁ、言ったような言わなかったような?」
「絶対に言いました! 交渉です! 交渉を始めましょう!」
そう言って、エリシアはグレイスが座っていた席へと腰かけた。
飯を食う前から思っていたがかなり厚かましい女である。
まぁ美味いもんを食った所為か気分もいいので、仕方なく話だけ聞いてやる事にし、上げた腰をそのまま席へと下ろす。
「まず初めに私の兄ルシードの度重なる非礼な行動の数々、王族の一員として謝罪いたします。大変も申し訳ありませんでした」
エリシアは頭を下げて、それに合わせる様に女騎士共と謎の黒服男も同時に頭を下げる。
なぜかそんなエリシア達を見て、俺様の正面に座るエメルが笑みを浮かべているが、とりあえずそんな事は無視して俺様はエリシアに質問した。
「で、そのキチガイ王子はどうした?」
「……どうしたとはどういう意味でしょうか」
エリシアは俺の質問の意味を理解していないのか単に惚けているのかは分からないが、頭を上げて不思議そうな顔で俺を見返している。
「どういう刑に処したのかって意味以外に何があるというのだ? お前は馬鹿なのか?」
俺様が優しくそう尋ねたというのに、なぜかエリシアの後ろに立っている女騎士共が一瞬睨むような視線を俺様へと向けたが、エメルが「ごほんごほん」とワザとらしい咳ばらいをしたと同時にそんな視線がすっと消えた。
後ろでそんなやり取りがあった中、エリシアはまたもすっとぼけた表情で俺様に言う。
「……刑とは違うかもしれませんが、兄はこの一件で謹慎となりました」
「そうだな。それは刑でもなんでもない。俺様が聞きたかったのはもうあの王子は処刑してしまったのか、まだなのかって話だ。国家存亡の危機とか言ってる割にはお前ら親子の頭の中はお花畑で一杯なのだな。偉大すぎる勇者である俺様をあそこまで虚仮にした上に更に虚仮にするとはいい度胸だ」
「こ、虚仮になどしておりません。確かに兄は許されない事をしましたが、あんな兄でもドレアス王国の次期国王です。処刑になど出来るわけがないではありませんか」
そう言ったエリシアは真剣な表情で俺様を見ている。
多分本気で言っているのだろう。
どうせ王族なのだから王位継承権を持つ者など腐るほどいるだろうにそこまであの馬鹿に拘る理由が俺様には分からない。
揉めるとしたら報酬面の話だろうかと思っていたが、とんだ期待外れである。
とてもじゃないが、話にならない。
覚悟も必死さも俺様にはまったく見えてこなかった。
魔獣の脅威に晒されてこなかった世界の所為なのか平和ボケが過ぎる。
流石に胸糞悪くなって俺様が黙って席を立とうとすると、エリシアの後ろにいた謎の黒服男が慌てて、話に入ってきた。
「よ、横から失礼します。エリシア様に代わりご説明させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「……なんだ? 言ってみろ」
俺様がそう許可を出すと、黒服の男は淡々と話し始める。
「私はガルドと申します。エリシア様にはまだ話してはいなかったのですが、ルシード王子は国家騒乱罪により王位継承権剥奪となりました。事の大きさから刑は斬首刑が妥当かと思われましたが、当の被害者であるアッシュ様への確認もなく、刑を執行する訳にもいきませんでしたので、現在は牢へと捕えております」
「ほぅほぅ、なるほど、悪くない。勝手に殺されてしまっていたら、俺様の楽しみが減ってしまう所だったからな」
どうやらユーディーンの頭はそこまでお花畑ではなかったらしい。
まぁ俺様への説明をなぜ交渉の責任者らしきエリシアではなくよく分からん黒服の男——ガルドがしたのはよく分からんが。
俺様がそんなことを思っているとエリシアが驚いたように後ろを振り返る。
「……なっ、そんな話、私は聞いていませんよ! 兄上の王位継承権剥奪!? 次の王には誰がなるというのですか!?」
「いや、つい先ほど決まった話でして……それよりも今はそのような話をしている場合では……」
どうやらこの2人の間での擦り合わせすら終わってなかったのか俺様を無視した2人はそんな感じで言い争いを始め出した。
次の王とかキチガイ王子の事などどうでもいいと思うが、この女はなぜ俺様への交渉の責任者に選ばれたのだろうか?
後ろの女騎士共は2人の言い争いを止める事もできず慌てふためている。
そんな茶番を見かねたのかエメルが机をガンと叩きつけた。
「アンタら、ホントいい加減にしなさいよ。そんな話は帰ってからにしなさい」
「……申し訳ありません、エメル様」
机を叩いて出た大きな音とは対照的なエメルの小さく冷ややかな声で咎められるとエリシアは意気消沈しながらエメルに謝った。
だが、俺様としてはエリシアの気分などどうでもいいのでさっさと話を先に進めることにする。
「つまらん話など聞きたくないから単刀直入に聞くが、ぶっちゃけいくらなら出せる?」
俺様が尋ねると、明確な答えを用意していなかったのかエリシアは答えを求めるような視線をガルドへと向けた。
こいつは本当に何のためにやってきたのだろうか?
あのイカれた王子の妹と言うだけあって俺様の機嫌を損ねるのは得意なようだ。
すると、ガルドは既に答えを用意していたのか特に時間をかけることもなく即答した。
「白金貨3000枚ほどで如何でしょうか?」
「……あー、聞き間違いか? もう一度言ってくれ」
「……白金貨3000枚でしたらご用意できます」
あまりに衝撃の金額が聞こえた気がしたので聞き返したのだが、俺様の聞き間違いではなかったようだ。
俺様がいた世界では白金貨という通貨が存在していないが、白金貨は1枚で金貨10枚ほどの価値があるという。
つまり白金貨3000枚は金貨3万枚相当だという事だ。
王都にいた時に、グレイスに大体の物価や賃金などを確認した結果、俺様がいた世界の金貨とこの世界の金貨はほぼ同価値くらいの価値があることは分かっている。
つまりはこの世界の人一人が稼ぐ生涯賃金は俺様の世界と同じ金貨1000枚くらいという事事だろう。
分かりやすい事この上ない。
が、だからこそ俺様はガルドの言葉が信じられなかった。
「あー、すまん。ややこしいから悪魔討伐の報奨金と込々で計算してくれ。とりあえずはお前らの国だけじゃ払えんかもしれんから、ドラゴンをぶっ倒した後に前金代わりに総額の1/10ほど払ってくれればいい」
「悪魔討伐の報奨金ですか……? 他の国からも徴収するという事でしょうか?」
「あ? 当たり前だろう? ドラゴン如きでギャーギャー喚いているから想像はつかんかもしれんが、悪魔共の軍勢はこの世界そのものを滅ばしに来るのだぞ。なぜ一国だけが報奨金を負担する必要がある?」
「そういうことでしたら他の国と協議する必要がありますのでこの場ではお答えしかねます」
「あ? 税収とか国の規模で払える金額くらい大体わかるだろう? 国の代表共で話し合って負担の割合を決めればいい。で、負担金はお前らが責任を持って回収すればいい」
俺様がそう言うと、ガルドはなんとも納得していなさそうな表情をしつつ、黙り込んだ。
恐らく、どの国がその程度の金額を出せるか頭で計算しているのだろうが、そんなものはこの場に来る前にやっておいて欲しかったものである。
だというのに、俺様を待たせておきながら言ったガルドの言葉は俺様にとってまたも信じられないものだった。
「白金貨1万枚でしたら、なんとか準備できるかと」
「……話にならんな」
俺様の事を馬鹿にしているのだろうか?
コイツが口にした額は正に俺がエメルに約束した金貨10万枚とぴったり同じ額だった。
つまり、こいつは言っている事は偉大な勇者である俺様に完全なノーギャラで働けと言っているに等しい。
だが、予想していなかったのかガルドは驚いた表情で更に俺様に聞き返す。
「ではいかほどでしたらご納得いただけるのですか?」
「50万」
「……は?」
「聞こえなかったのか? 白金貨50万枚だ」
「ふ、ふざけないでください! 白金貨50万枚などドレアスの年間予算を越えているではないですか!」
俺様が妥当な金額を提示したというのに、なぜかガルドは顔を引きつらせ、エリシアが喚き声を上げ始めた。
別にふざけてなどはいない。俺様は大まじめだ。
「アッシュ様、現在ドレアスとその他周辺諸国はただでさえ軍事予算で逼迫しています。そのような額の報奨金を支払えば各国の財政が破綻します」
「そんなもんは知らん。それに45万白金貨はあくまで成功報酬だ。悪魔が来るまでに準備すればよいのだ。間に合うだろう?」
「その悪魔とはいつ来るのですか?」
「さぁな、知らん。数年後と言っていたから少なくとも10年以内には来るはずだ」
「……少し、相談してもかまいませんか?」
「10分だけやる」
俺様はそう許可を出すと、ガルドはエリシア達を連れて家の外へと出て行った。
次回はエリシア視点でお送りします。




