第60話 戦う理由
ちょうど10分ほどでエリシア達はリビングに帰ってきた。
既に皿洗いなどの片づけは全て終わっているが、グレイスとレジーナは席に座ることなく、リビングテーブルにはちょうどエリシアとガルドの分の席が空いている。
「お待たせいたしました。確認が終わりましたので、交渉を再開させて頂きます」
「あぁ、さっさと座れ」
俺様が着席を促すと、先程と同じようにエリシアとガルドが空いた2つの席にゆっくりとつくと、ガルドがゆっくりと口を開いた。
「早速ですが、報奨金の50万白金貨に関してですが、その金額で話を進めさせていただこうと思います。ですが、その前に何点かご確認したい事がございます」
「なんだ? 言ってみろ」
「アッシュ様は50万白金貨を悪魔の討伐報奨金として提示されましたが、悪魔の討伐というのはアッシュ様とお仲間の方々だけで成し遂げるおつもりですか?」
「まぁ俺様はそれでもかまわんのだが——」
俺様がそう言って向かい合わせに座るエメルへと視線をやると、説明を任せた事を理解したエメルが俺様に代わって話を始めた。
「正直言って私達にもその悪魔の軍勢がどの程度の強さなのか分かっていないの。私達だけで戦ってもいいんだけど、それでは私達がカバーしきれない戦場では多くの被害が出るわ」
だからこそリティスリティアは俺様達に『世界を救う』という願いだけではなく『この世界の人々に魔法を教えてあげて欲しい』と願ったのだ。
もちろんただ悪魔を倒すだけなら俺様だけで可能だが、それを成すころには人類は屍の山を築くことになるだろう。
それでは俺様に褒賞を払う人間がいなくなってしまうのだ。
「なるほど、だからアッシュ様はケイン殿を弟子に取られたのですね。私達の大陸の人間達に戦う力——魔法を授ける為に」
「いや、ちが——」
——うぞ。このガキが勝手に弟子に志願したのだ。と言いかけたのをエメルが「まぁそういうことね」とエメルが俺様の言葉に被せた。
まぁ俺様としてはどっちでもいい話なので、否定せずそのまま話を聞くことにする。
「なるほど、だからアッシュ様は王都でレイ様や兵たちを殺さなかったのですね。つまりその悪魔の軍勢には全人類が一丸となり戦う必要がある。そういうことですね?」
「まぁそういうことになるわね。こいつはめんどくさがってあまり協力的ではないのだけど、私としては魔法を教える学校を作った方がいいと思っているわ。世界一の大国の王都に詰めている騎士があの程度じゃ話にならないからね。悪魔達がやってくる前にせめて今回のドラゴン500体程度は撃退できるくらいにはなってもらわないと」
エメルがそう言いきると驚きからかエリシア達は目を見開いた。
確かにドラゴン500体というのは俺様がいた世界でも大きな脅威であることに変わりはなかったが、それでも勝ち目のないどうしようもない相手ではない。
小国ならばどうしようもない相手だが、仮に最大の大国であったグレスデン王国なら魔法部隊と騎士団、それに王都所属の冒険者を全て動員すれば、難なくとまでは言わないが確実に討伐できる程度の相手でしかない。
というか人類がその程度ができないほど貧弱だったのなら、俺様が生まれる前に人類は魔王軍の手によって滅ぼされていたことだろう。
エメルは俺達がいた世界とまでは言わないがせめて今回のドラゴン騒ぎをドレアス王国一国で対処できる程度には魔法が使えるようになれとそう言ったのだ。
「……魔法が使えるようになれば、神獣ドラゴンを撃退することができるようになるのですか?」
「ケインは一晩でファイヤーボールを覚えたわ。その後、教えてもいないのに魔法の同時起動までね。悪魔達が何年後にやってくるのかは分からないけど3年もあればドラゴン500体くらいは撃退できるくらいにはなるんじゃない? まぁこの子が天才すぎる可能性も否定はできないけど」
そう言ってエメルは隣に座るケインの頭を撫でた。
その反対側に座るセラが嫉妬心か只の変態だからなのか「そうです、ケイン君は天才なんです!」と言いながらケインを抱きしめ始めたが、見苦しいから今すぐやめてほしい。
「素晴らしいですね。魔法とはそれほど凄まじいものなのですか。魔法学校設立の件ですが、陛下に伝えさせてもらいます。同盟国であるハルア共和国にも提案してみようかと思います。……ですが、人類一丸となって悪魔の軍勢に立ち向かうに当たって一つ大きな問題があるのです」
ここまで笑顔で条件全てを受け入れてきたガルドは真剣な表情になった。
「ご存知かは分かりませんが、この大陸の最北にウラメティシア帝国という国がございます」
「えぇと、確かアンタ達の国と敵対してる国だっけ?」
「はい、現在ドレアス王国とハルア共和国はウラメティシア帝国と敵対関係にあります。かの国がドレアスとの共闘を望むとは思えません。ですから——」
「——私達に帝国を討てと?」
エメルがガルドの言葉を遮ってガルドの事を鋭く睨みつけた。
俺様としては別にめんどくさくなりそうならそれはそれで構わないのだが、エメルはこういう事があまり好きではないのを俺様は知っている。
俺様は元居た世界でも経験があるが、エメルは人間同士の戦いには慣れていない。
普通に剣(エメルの場合は魔法だが)を交えるくらいには抵抗はないかもしれないが、エメルは人間同士の本当の殺し合いの経験はないのだ。
だが、ガルドはそんなエメルの反応を予想していたのかそのまま話を続けた。
「いえ、そうではなく私達と帝国の戦いに手を出せないで欲しいのです。元々私達は神獣ドラゴンの襲来が無ければ、近々帝国と決着をつけるつもりでした。帝国との決着は私達だけでつけたいのです」
「それだと双方の戦力が削られてしまうのではないか? そんな面倒なことせんでも話し合いで済ませばよいだろう。なんなら俺様がサクッと軍隊をヤッてきてやってもいいぞ。どうせお前らとチマチマ戦っていたくらいだ。どうせ大したことないのだろう。戦意喪失させるくらいわけないぞ」
俺様が親切心からそう言うと、なぜかエメルがこちらを睨んできた。
エメルが人間同士の戦争を忌避するのは勝手だが、俺様にまでそんなことを押し付ける権利はこいつにはない。
俺様がその気になれば単騎でそのウラなんとか帝国に攻め込んで兵隊を蹴散らして皇帝の首を取ってくる事など訳はないのだから。
だがそんな中、立ち上がり大声を上げたのはエメルではなくエリシアだった。
「あの蛮族どもが話し合いになど応じるわけがありません! あの蛮族どもは停戦会議の席で私の母やレイの両親を殺したのですよ! 仮に一度交渉に応じたとしてもすぐに裏切るに決まっています!」
そう言って、エリシアは俺様を見下ろし睨みつけた。
どうやらヒステリックなのは兄妹共通なようだ。
そんなエリシアとは対照的にガルドは冷静さを装っているが、その表情は酷く冷たいようにも思える。
「10年ほど前の事になりますが、帝国から停戦の申し出があり、当時中立だった西方諸国で停戦会議が開かれた事があるのです。既に文官同士の交渉が終わり後は調印を済ませるだけでした。こちらからは前国王パブロ様、まだお若かく皇太子であられたユーディン陛下と第一王妃フローテ様、第二王妃でエリシア様のお母上であるエルフィ様がご出席されました」
「それで?」
「ですが、それは帝国が仕掛けた罠だったのです。前国王パブロ様が帝国との融和を願っていた事に付け込み秘密裏に従属化していた偽りの中立国に誘き出し、暗殺を謀ったのです。中立国という事に油断していた私達はパブロ様を守り切る事はできませんでした。どうにかユーディン陛下と第一王妃であられたフローテ様は守り切る事ができましたが、エリシア様のお母上であった第二王妃エルフィ様、パブロ様とユーディーン陛下の親衛騎士隊長であったレイ様のご両親はユーディーン陛下を逃げす為に犠牲になりました」
その暗殺事件で国王パブロを失ったドレアス王国は国王にユーディーンを据え、帝国打倒を決意した王国は一丸となって軍備増強を進め、情報戦で後れを取った失敗を反省し、諜報機関を新たに組織した。
そして、10年に及ぶ軍備増強と最近発見した新金属ミスリル製装備の増産に目途がついた王国は遂に帝国との決戦を決意し、計画を進めていた。
と、こんな状況だったらしい。
ミスリルを採掘する過程でドラゴンに手を出し、怒りを買って王国が滅亡寸前に陥ってしまった事はなんとも間抜けにも思えるが、ユーディーンや他の貴族たちはそんな事に考えが至らないほど帝国に憎しみを抱いていたという事だろう。
確かに俺様でもそんなことをされれば帝国を焼き尽くし、全てを破壊するほどに怒り狂ったかもしれない。
いや、現に俺様はそれに近い事を実行しかけたことがある。
まぁ俺様の時はもっとスケールが大きな話だったのだが、その真相を知る者は俺様がいた世界でも各国の王族やごくごく限られた者達だけだ。
その時に俺様は生まれて初めての敗北を喫する事になったのだが、その事を知る者も先ほど述べた者達だけである。
そんなわけで俺様に王国貴族の気持ちが理解できたが、だからこそ俺様はガルドに告げた。
「なるほどな、話は分かったが、やめておけ。無駄に人が死ねば、あとあと面倒だ」
「……では私達に帝国打倒を諦めよとアッシュ様は仰られるのですか? ここまでに来るまで10年かかりました。王国民全ての悲願なのです。報奨金やその他すべての条件は飲みますので、神獣ドラゴンの脅威を退け私達に帝国打倒の機会を頂けませんか?」
ガルドの目は真剣そのものだった。
普通に考えれば俺様との交渉を蹴るわけなどないのだが、俺様がそれを断れば今すぐ交渉を打ち切ると思わせるくらいには。
「勘違いするな。今はやめておけと言っただけだ。今やれば、無駄に王国兵士が死ぬと言ったのだ。……半年だ。半年で王国兵に被害を出さず帝国を一方的に蹂躙できるだけの力をくれてやる」
俺様が笑みを浮かべながらそう言うと、ガルドも小さな笑みを返し、互いに握手を交わすのだった。
どうやら王国と帝国には並々ならぬ因縁があったようです。
ていうかアッシュ君、態度軟化させすぎじゃね?
って疑問が出てきそうですが、それには一応の理由があります。
エリシア達は突然交渉の為にルベリ村にやってきたわけですが、それまでの間アッシュ君は仲間達とほとんど相談を行ってきませんでしたが、ガルドがユーディーンと相談していた10分間、アッシュ君もただ呑気に茶をすすっていたわけではないということですね。




