第55話 ユーディーンへの報告
ランド達家族の避難先として用意されたのは王宮近くに建てられた国賓専用の大きな屋敷の内の1つだった。
基本的に同盟国であるハルア共和国の要人の為に建てられた屋敷なので、会議などがない今は使われていないが、定期的に清掃がされているので埃被っているなどということもなく、ランドの避難先として選ばれたのである。
貴族の屋敷に入った事などないランドとサーシャはあまりの屋敷の大きさと豪華さに声を失っていたが、ランド達の重要性から考えてもこの屋敷を選択したのは決して間違ってはいなかった。
屋敷内に入ってからも一斉に頭を下げる使用人や護衛の騎士にランド達は目をぱちくりさせていたが、イーグル達としてはランド達を屋敷に届けた事によって無事任務を遂行したことになる。
「とりあえずはうまくいったな」
避難先の屋敷から王宮へと歩く道中、煙草をプカプカとふかしながら、横を歩くイーグルにバデスは話しかけた。
「姫殿下が頑張っておられるというのに大人の私達が失敗するわけにはいきませんからな」
「だが、なんで嬢ちゃんたちなんだろうな。ベルゼスのダンナかアンタが行くもんだと思ってたんだがな」
「陛下には陛下のお考えがあるのでしょう。なんのかんの言っても陛下の直感というものは馬鹿にできませんからな。姫様に何か感じるものがあったのでしょう」
そうイーグルに言うが、未だにバデスはユーディーンの人選を疑問に思っていた。
確かにエリシアはあの歳から考えれば十分に優秀だし、王国一とすら言われるあの容姿は男相手なら十分すぎる武器にもなるだろう。
だが、それを考慮に入れたとしてもエリシアではまだまだ大きな交渉を任せるには早いとバデスは思っていた。
というよりもエリシアはハルア共和国など友好的な国家との茶会に呼ばれる事は多いが、交渉らしい交渉をした経験が0に近かったのである。
つまり、敵対的な相手との話し合いの場に立ったことがないのだ。
優雅な茶会でにこやかに友好的な相手と話す事はあっても1から友好を築いたり、敵対的な者を相手に話し合う経験が皆無だったのである。
「陛下が受けてきたこれまでの仕打ちを考えれば分からんでもないが、陛下は嬢ちゃんやルシードを甘やかしすぎた。陛下の治世の中で唯一の失政だな」
「失言ですな。陛下がどんなお気持ちでこれまで姫様達をお育てになったか貴方が理解できないわけがないでしょうに」
「……まぁ陛下でもこんな事態になるとは予想もしていなかったということか」
バデスはイーグルの苦言をそう言って誤魔化すと、煙草を消し吸殻を携帯灰皿へと放り込み、王宮の門番に「ご苦労」と声をかけてからイーグルと共に王宮の中へと入って行く。
王宮内は制度上の全面禁煙というわけではないが、歩きタバコをしていると煙たがれることが多い。
煙草はそれなりに高価な贅沢品なので、喫煙者自体そんなに多くなく、それなりの高官か騎士団であれば少なくても副騎士団長レベルより上の者でなければ日常に吸う者はいないのである。
バデスとイーグルは更に大きな庭園を抜けて、王宮の建物内に入って行くと、廊下にはいつもより多くの文官が廊下を忙しく行きかっていた。
そんな多くの文官の横を通り抜けながら、バデス達はユーディーンがいる玉座の間へと歩き続ける。
少しして2人が玉座の間の前までたどり着くと、いつもは重く閉ざされている門がフリーパスと言わんばかりに大きく開かれていた。
普段であれば色々な手続きが必要な玉座の間の入場も今はノックすら必要なく、門番2人の顔パスさえ通過できれば誰でも入る事が出来るのだからユーディーンの親衛隊騎士隊長のバデスとしては笑ってしまいそうになる。
バデスとイーグルは開きっぱなしの扉をくぐると、ユーディーンや話し合っている重臣たちの視線が2人へと集中した。
「国王親衛隊長バデス、只今帰還しました」
「バデスか、悪かったな。バカな息子の所為で世話をかけた」
バデスの帰還の報告にユーディーンはバデスにそう言って詫びた。
既にルシードが王位継承権剥奪の上、廃嫡された事は王宮内にもそれなりに伝わっている。
ユーディーンの言葉に特にざわめきが起きることなく、バデスの報告は更に続けられる。
「ルシードの捕縛とウェルシュ家のご家族の保護及び避難完了いたしました」
「……そうか。一皮繋がったか。其方はこのままストレインの元へと向かい、3日後の決戦に備えよ」
「よろしいので? そもそも私にはストレインのような指揮能力はありませんが」
「心配しなくても其方にそんなものは期待していない。数人の騎士をまとめ1体でも多くの神獣ドラゴンを討てばそれでいい」
「はは、陛下でも冗談をおっしゃるのだな。それが難しいからこのような状態になっているというのに」
冗談とも本気とも取れる真剣な表情でユーディーンが言うものだからバデスは思わず苦笑してしまう。
1体退けるだけで偉業とされる神獣ドラゴンを1体でも多く倒せというのだからこれ以上の無茶ぶりはなかなかないだろう。
それならまだ帝国兵1000人を一人で斬ってこいと言われる方がまだ現実味があるくらいだ。
それでもレイなら「陛下の仰せのままに」とでも言って突撃していきそうだが、バデスはそれほど若くも実直な思考回路も持ち合わせていないのだ。
「冗談などではない。使える駒を余の傍にただ立たせておくほどの余裕は我が王国にはない。たまには其方にも活躍の機会をやらねばならぬと思っていた所だったのだ。ちょうど良い機会であろう?」
「まぁ陛下はそう仰るのであれば最後の機会にならぬよう精々頑張らせていただきますよ。陛下との約束を果たすまで死ぬわけにはいきませんので」
そう言って、バデスは一人、玉座の間を後にしていった。
最低限の礼節でまるで騎士団の上司にでも接するような態度のバデスを咎める者はなく、むしろ一部の者からは表情にこそ出さないものの内心で笑みを浮かべている者さえいるほどだった。
玉座の間から去ったバデスを見送り、ユーディーンはイーグルへと視線を移す。
「それであちらはどうなっている?」
「連絡が途絶えましたので、恐らく現在交渉の最中ではないかと思われます。ただやはりアッシュ様はとても気分を害されている様子で交渉はかなり難航するのではないかと予想されます」
イーグルがそう言うと、ユーディーンは眉間に皺を寄せながら小さくため息を吐く。
「……であろうな。全ては余の失態だ。帝国との戦いにばかり目を向け、他の事を後回しにしていたツケがまさかこのような形で払う事になろうとは。真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方だったということか」
「そういうことになりますな。なんにしても今は姫様に期待する他ありません。幸いアッシュ様のお仲間のセラ様、エメル様は姫様に協力的なのが唯一の救いですな」
「……そうだな。で、そのセラ、エメルとアッシュがどこからやってきたかは分かったのか?」
ユーディーンはアッシュの素性に関してアッシュがこの玉座の間を去ってからずっとディアに探らせていたのだが、それに関する報告が未だになかったのである。
「ロンデイルとノーヴルヴェート、それとリドアスの諜報員にも調べさせましたが、いくら調べてもグレイスというルベリ村の者と南門からやってきた以前の経歴や入国経路が一切でてきません」
ロンデイル、ノーヴルヴェートはそれぞれドレアス王国の西部、東部の大都市であり、外国からやってくる時の宿場町の機能も果たしている。
イーグルはその2都市に加え、北部の城塞都市リドアスにいる諜報員まで動員してアッシュの手かがりを探したのだが、今日まで一切の手掛かりを見つけることができなかったのである。
実際アッシュ達はリティスリティアによって王都南部のルベリ村との中間地点に転移されてきたので、完全に見当違いも甚だしいのだが、ドレアス王国の南部には人間の国は存在しないのでイーグルの判断ミスも現時点では仕方のないものだった。
「そうか、その件はもう調べなくてよい。どのみちもうあとはエリシアに全てを託すしかないからな」
ユーディーンはそう言い終え、「もう下がってよいぞ」と言いかけたその時、イーグルは真っすぐとユーディーンへと視線を向けた。
「陛下、一つだけお尋ねしたいことが御座います」
「なんだ? 申してみよ」
「なぜエリシア様を此度の交渉に? まだお早かったのでは?」
そう言うイーグルの視線には僅かにだがユーディーンの決定に対する否定的な色が浮かんでいて、それによって玉座の間には小さなどよめきが起こった。
だが、そんな小さなどよめきなど気にも留めていないのかユーディーンは言った。
「正直に言うと様々な思惑はあるが、それを抜きにしてもエリシアには不思議な力がある」
「……不思議な力ですか?」
「あぁ、これまでは余の勘違いかと思っていたが、恐らくエリシアはアッシュという者と近しい力を持っている。確証はないが、それが此度の交渉のカギになるのではないかとそんな気がするのだ」
エリシアがちょっと普通の子ではないと気付いていたユーディーン。
次回からはルベリ村に舞台が戻ります。




