第54話 密談2
ちょい長めです。
「はい、その方こそ二度に渡ってあなたのご子息をルシード様からお救いになられたアッシュ様という戦士です」
「ア、アッシュ様……?」
「はい、そのお方は剣では剣聖レイをも上回り、更には魔法なる未知の力で空を翔け、火を放ち風すらも操るそうです」
「なに!? 空まで飛ぶのか? どうやってだ?」
既にどこに驚けばいいかも分からなくなっていたランドに代わってバデスが驚いたように大声を上げた。
バデスは未知の遠距離攻撃を使う話は聞いていたが、空を飛ぶという話はまだ報告を受けていなかったからだ。
そんなの反応にイーグルは少し呆れたような視線をバデスに送る。
「そんな事私に分かるわけがないでしょう。ただ跳躍などそういう類のものではなく、空中に完全に制止もできて、自由自在に空を飛び回れるそうですな。更に言えばエメル様という女性の力を借りれば短時間でドラゴン500体を殲滅できるとの話もあったそうなので、恐らくは広範囲に遠距離攻撃を放つようなものもあると予想しています」
「神獣ドラゴンじゃねぇか、そんなもん。ていうかお仲間もそんなに強いのか。まぁそうでもなけりゃ神獣ドラゴン500体を殲滅できんわな」
「あのぅ……」
自分を無視して盛り上がり始めた2人にランドがもう申し訳なさそうに声をかけると、イーグルが「ゴホン」と小さく咳払いした後、バデスから視線を戻す。
「話を戻しましょうか。そのアッシュ様というお方は元々我がドレアス王国と協力体制を築くための交渉を行うために王都へとやってきたようなのですが、……その何と言いますか、こちらの度重なる不手際でその交渉が決裂してしまい、激怒したアッシュ様はルシード様の手から救ったご子息と共に王都を去ってしまわれたのです」
「……なるほど」
イーグルの言葉を聞いたランドの頭の中に先程までのルシードの表情や態度が思い浮かび、納得と共に小さな怒りが湧いてきた。
ルシードが息子のケインを救い、ドレアス王国滅亡の危機を救う可能性がすらあるそのアッシュという偉大な戦士を激しく罵る姿がランドの頭にははっきりと思い浮かんだのだ。
ランドはイーグルの話を聞くまでは王国が滅亡の危機に直面している事などとは知りもしていなかったが、そんな時にさえ自らの傲慢さを正せないルシードの愚かさに怒りを覚えるしかない。
とはいえ国王ユーディーンがルシードを断罪するに至った経緯は理解できたが、それでも平民である自分達家族になぜここまでイーグルやバデスが丁寧な対応をしているのかがランドには分からなかった。
確かにアッシュという偉大な戦士が救ったケインの家族である自分達に危害を加えられるのが不味いことくらいはランドにも理解できるが、それにしてもイーグルやバデスの対応はあまりにも丁寧過ぎるのだ。
「王子が偉大な戦士の逆鱗に触れた事は理解できました。その……アッシュ様と言いましたか? そのアッシュ様が私達の息子を王子の手から救ってくださったことも。ですが、なぜ陛下の盾であるバデス様達がわざわざ私達のような一平民の為にここまでしてくださるのでしょうか? 国家の重大な機密まで明かさなくてもただ守るだけでもよかったのでは?」
「当初はその予定だったのですが、状況が変わったのですよ」
「状況……ですか?」
「はい、現在アッシュ様の元へと出した使者が交渉を行っていて、その際に得た情報なのですが、ご子息のケイン殿がアッシュ様の弟子になられたそうです。ケイン殿は既に魔法と呼ばれる力を習得しており、アッシュ様が弟子に取った事やアッシュ様のお仲間の言動から見てとても素晴らしい才能の持ち主であることは間違いないと。王国と致しましてはケイン殿には是非我が王国の騎士になって頂きたいと考えています」
「き、騎士!? ケインを貴族にするということですか!?」
ランドはケインを兵士ではなく騎士にしたいと言うイーグルの言葉に思わず驚いてそう聞き返した。
というのも一般的に平民は騎士にはなれないのだ。
このドレアス王国における騎士とは貴族だけが通える王立学院の騎士学科を卒業した者だけに与えられる称号であり、平民がなりたいからといってなれるものではない。
ランドが知らない方法として、才能を見込まれた平民の子が貴族の養子となって学院に入学するか兵士となった平民が国王を認めさせるくらいの凄まじい戦功を上げて国王から直接称号を与えられるの2つの方法があるにはあるがとてもではないが一般的な方法とはいえないのだ。
「お、お待ちください! あの子はまだ12歳ですよ!? それにケインは同年代の子供と比べても体が小さいんです。とてもではありませんが、騎士なんてなれるはずがありません」
偉大な戦士の弟子になったとか才能があるという言葉を並びたてられても、サーシャには納得できるわけがなかった。
12歳になったケインだが同年代の中で見ればかなり体は小さい方で10歳に間違われる事もあるほどだ。
ランドとサーシャは平均的な体格をしているので将来的には周りと同じくらいの体格になる可能性はあるかもしれないが、それでも平民から騎士になれるほどの体格に恵まれるとはとても思えなかった。
「体格は関係ございません……とまでは申しませんが、魔法に関して言えばあまり関係ないようですよ。アッシュ様のお仲間お二人は華奢な女性のようですし、それ以前にアッシュ様自体も平均的な騎士よりもご身長が低いくらいですが、剣聖レイを倒すほどの剣技の持ち主ですから」
否定的なサーシャを説得する為にそう説明したイーグルだが、あえてサーシャに説明しなかった理由が他にもある。
これから交渉して良好な関係を築いていかなければならないアッシュに少なくても弟子に取られる程度には良好な関係を築けているドレアス王国にとってかなりの重要人物であることだ。
何がアッシュとの交渉に影響を与えるか分からない現状において、ケインとその周囲に悪印象を持たれる事すら絶対に避けなければならない。
だからこそ、ただの一平民にしか過ぎないケインの家族たちに異例の対応で当たり、出来る限りの情報は隠さず話す事にした。
それに仮に剣の才能などなかったとしてもケインは現状では魔法という未知の力が使うことができる唯一のドレアス国民なのだ。
話に聞く限り傍若無人な性格の持ち主であるアッシュが弟子にしたというくらいだから魔法の才能は間違いなくあるのだろう。
それだけでドレアス王国にとってアッシュとその仲間に次ぐ最重要人物であり、ドレアス王国に有益な存在であることは間違いないのだ。
イーグルの言葉にランドとサーシャが言葉には出さず目だけで見合う中、イーグルは付け足すように補足した。
「それにこれは命令ではなくあくまで提案ですので、のちのちご子息のケイン様とご相談させて頂ければという話です。今日はご家族の保護とご子息の現状について説明にやってきただけですので。それとこれもあくまで提案なのですが、神獣ドラゴンとの戦いが収まるまで貴族街に来ませんか? ここでは万が一の可能性もありますから」
ケインを騎士にという話は王国側としては促す事はできても強制することは絶対にできない。
あくまで、そうなればラッキー程度の話であり、これ以上状況が悪くなるように刺激はしたくはなかったのである。
それよりも今問題なのは、ランドたち家族の貴族街への避難だ。
正直、提案とは言っているがこちらに関して言えば少々強引にお願いしてでも移動してもらわなければならないくらいにこの場所は立地的にまずかった。
市民街なので王都外周部なのはもちろんだが、ここは王都の南地区なのだ。
基本的に王都の北地区と南地区はもっとも地価が安く、東地区がもっとも地価が高くなっている。
理由としては至極簡単な話で北は帝国、南には神獣の領域があるので有事の際には矢面に立ちやすいという事と東地区にはドレアス王国の同盟国であるハルア共和国があるので商人の行き来が盛んで他の地区と比べ、商店や宿屋が多く単純に栄えているからだ。
よって、金のある商人などは東地区に住むことが多いがそれ以外の一般市民は基本的に北部か南部に住居を構える事が多いのである。
そんな理由からランドたち家族も例に漏れず王都南部に住んでいるのだが、仮にアッシュの支援が受けられたとしてもドラゴンの被害を一番先に受けるのがこの王都南部になるのだ。
「ですが……」
だが、貴族街の避難の提案にランドは返事を言い淀む。
イーグルの言いたい事は理解できているが、帰ってくるケインを家で待ちたいという気持ちと近所の人達を差し置いて自分だけが……という気持ちがランドにはあったからだ。
そんなランドの気持ちを言われずとも瞬時に理解したイーグルは意地でも説得するため話を続ける。
「ご子息の事であればこの家に見張りを立てますし、現在ご子息と一緒にいる交渉者からの情報を逐一ご報告いたします。南部の市民も3日後の当日には避難できるよう計画も立ててありますのでご心配には及びません。我々の保護の元、ご子息の御帰還をお待ちするのが王国にとってもご家族にとっても最良だと思うのですが……」
イーグルの提案は正直言ってこれ以上ないものだ。
一市民であるランドたち相手にただでさえ足りない人手をこの状況でここまで手を尽くすのは異例中の異例と言ってもいい。
だが、それほどの無理をしてでもランドたちに万が一が起きてはならないのだ。
イーグルの表情からランドも貴族の真剣さが伝わったのか「分かりました」と最後はイーグルの提案を了承するのだった。
このあとですが、王都パートがあと少しだけ続いて、舞台はルベリ村へと戻ります。




