030 秘蜜の花園 ~La Giardina Segreta~ Ⅰ-6
老衰で肉体が朽ち果てて物理的な死を迎える前に、心が摩耗して精神が先に死んでしまう、か……努力だの根性だので、時には精神力で肉体の限界を凌駕するなんていう精神論もあるが、残念ながら精神というのは存外脆いものらしい。
オレ自身も目覚めて初っ端に、膨大な記憶の洪水や、心的過負荷見舞われて、精神がぶっ壊れかけた経験をしたからな、その脆弱さというものが理解出来るというものだ。
ところで『精神が摩耗して死ぬ』のが真実なのであれば――じゃあ死後の魂は? 転生は? 前世の記憶は?……といった疑問を抱くのが自然かも知れないが、実は魂と一言で言えるほど単純な代物ではないらしい。
そもそも生命に宿る魂というのは、一つではない――『魂魄』といって……『魂』と『魄』の二つで『魂魄』を構成し、それが肉体と合わさって三位一体となって初めて、一個の生命が成立するのだそうだ。
『魂』は『個の本質』そのモノであり、不滅の存在らしい。
対して『魄』は、『魂』が受肉した際に発生する『個の自我』のことであり、『記憶』『人格』『意識』の元になっているのもこちらの方だ。
この『魄』こそが、先程述べた『摩耗する精神』の正体である。しかもこちらは容量が有限であり、消耗し尽くせば『精神的に死ぬ』し、残っていても肉体が死ねば共に消滅する。
そして死した後にも残るのが『魂』であり、これが来世へと転生し――受肉と同時にまた新たな『魄』が発生する……という輪廻を繰り返すのだとか。
以上……ここまでの説明は、オレが目覚める前にフィリアたちから聞かされた話なのだが、オレの場合その覚醒の経緯があまりにもデタラメ過ぎて、これを話すと長くなりそうなので、この件はまたいずれ改めて話すとしよう。
因みに前世の記憶というのは――フィリア曰く『魂』にこびり付いた残滓』であり、『漂白しきれないまま残ってしまった澱』ということになるらしい。
当事者から言わせて貰えば実に全く以て酷い言い草過ぎて、これは流石に傷つきましたわー。
……って、あれ? じゃあこの今いる夢幽境にある、この実体のある意識体って何なの? 一つの『魂魄』を共有しているのに、三体に分かれるなんてあり得るのか?……と新たな疑問が湧いたので聞いてみたら――
「はあ~……またそこへ話を戻すの? この身体は『魂魄』の分身体みたいなもの……だと思うわ」
「分身体? それって神社の分社……祭神の分霊みたいなものなのか?」
「それってあくまで概念上の話なのでしょう? こっちは具現化されている事象だから、かなり意味が違うように思えるのだけど……正直、仕組みや原理について私たちにも分からないことだらけよ」
「うーん。なんというか……意外とお前らって物知らずなんだな」
「私たちが何でも知っているだなんて、勘違いも甚だしいわ」
「そーそーあたしたちは所詮、百年もまだ生きていない世間知らずの孺女に過ぎないワケだしー。まだまだベンキョー中の身なんだよー」
「もっと深く知りたければ、魂魄学を学ぶしかないわね」
魂魄学か。魔界にはそんな学問もあるんだ? 流石は魔法のある幻想世界といったところだな。
「それは兎も角、話を戻すわよ?……ってどこまで話したかしら?」
「『精神が摩耗して死に至る』までだよー」
「ああ、そうだったわね――『精神が死ぬ』という長命種につき纏う宿痾……これが最初の質問に対する答えよ」
★★★LAST-PRINCESS or LUST-PRINCESS★★★
最初の質問?――って確か、『肉体を奪われたのに、なんで平然としていられるのか?』っていう質問だったよな。でも……それが『精神が死ぬ』とやらの話と、どう繋がるワケ?
ってことで……さてここから二重攻勢による説明が続くのだけど――オレが横から茶々を入れて脱線したりして、話が長くなったので内容を短く要約しよう。
さっきオレは長命に対して『退屈で死にそう』と言った訳だが……まさしく如何に退屈を紛らわすのかが、不滅なる存在たる魔族において人生最大の命題なのだという。
その退屈を殺す方法は主に三つある――一つ目が労働に忙殺されることで、二つ目が戦闘に身を投げ命を賭すことだ。なお今回はこの二つはあまり関係ないので、説明は割愛しておく。
そして三つ目は生涯の生き甲斐――飽きることのない趣味を持つことである。
例えば【不夜なる大淫魔殿】は三〇〇年以上掛けてまだ完成していないが、これは設計担当者が拘りぬいてそれを生き甲斐としているからだ。
生涯の生き甲斐と言えば、奇しくも先程オレはこの【秘蜜の花園】の建設について、思わずそう口にしたが……要するにこれもそれと同じ理屈なのだそうだ。
あとモノ造り以外だと、引きこもってひたすら学問や研究に没頭したり、己の武や魔導を極めることにのみ邁進する者なども多いらしい。
「束縛されない自由で在ることよりも、不自由を甘受せよ――これは先人が残した有難い言葉よ」
曰く『長命の魔族が飽きずに生きる為の秘訣』なのだとか。
これは魔族特有の普遍的な思想らしいが、その中でもフィリアたちの考え方は極端な気がする。
浮世離れ――は違うな。こいつら俗塗れだし……達観? 超然? いや常軌を逸した考え方で以て、フィリアたちは今の境遇を受け入れているってことらしい。
つまり『身体の自由を奪われた状況』すらも退屈しのぎ、或いは暇つぶしの一環だと捉えている訳だ。
「精神的拘束プレイ的なー? おねえちゃんに身体を勝手に使われてー、あんなことやそんなこともされちゃってー、あたしたちはただそれを見ていることしか出来ないー……って想像するだけでゾクゾクしちゃうよねー!」
「ええい黙れ! この痴女が!」
こいつらの場合、不滅なる存在っていうより、不滅なる背徳と呼ぶのが相応しいよな……っと、それは兎も角――
まあつまり、だ。退屈を潰せるならば、身体の自由を奪われて不自由になるのもまた一興と捉えている訳か。全く理解し難いその発想は狂い過ぎて、ちょっとコワい。
余談だが、最低限の生存権以外の権利の一切と自由を剥奪される無期禁固刑って、見方を変えれば『退屈を強要する精神的拷問刑』なワケで……それ故に不自由な方が退屈をしのげると言う、フィリアたちの考え方は異常過ぎる。
「そもそも私たちは元々このコと二人で、二〇年以上も同じ一つの身体を共有して来たのだもの。そこへさらにもう一人増えたところで、大して変わらないわ。それに私たちは私たちでちゃんと愉しんでいるのよ?」
「そーそー、本体の主導権を――つまり今はおねえちゃんのことだねー……でそのおねえちゃんが本体を動かしている間は、あたしたちはこっちにいてー、お茶しばきながらー現実のことをここから干渉……じゃなくて鑑賞してるんだよー」
こ、こやつら……さっきオレが眠れなかった時、助言もせず放置していたことと言い――つまりオレの一挙手一投足を、さながらホームシアターで鑑賞するが如く……いや寧ろ盗撮か覗き見気分でいて、それを娯楽感覚で愉しむ気満々でいるってワケか!
「はぁ!? こっちの世界には眠らないと来られないんじゃなかったのか?」
「本体の席が埋まっていればー、控え組は自由に行き来が出来るんだよー」
「でもだからと言って誤解しないで頂戴。いつもこっちにいる訳じゃないわ。本体の中で同調も出来るのだから」
「お前らが高みの見物を愉しむつもりなのはよーく分かったよ……でもさ、だからと言ってオレが身体を独占したままでいいワケ?」
「そうね。確かに今は魂魄の支配領域を、お姉様が五一百分率以上を独占しているせいで、身体も支配しているけど――」
「おねえちゃんが魂魄を操作出来るようになればー、あたしたちもそのうち表に出られるようになるよー、多分ねー?」
「だからこれは、ほんのちょっとの間の辛抱っていう訳よ」
「あたしたちが外に出れたらー、おねえちゃんにーエロエロなお手本をたっぷりと見せてあげるから、愉しみにしててねー!」
エロエロですとっ!?……これって非常にマズくね? いやかなりヤヴァイだろ。
こいつらにそんなことされた日にゃ、その時がオレの男子心が終わる日になってしまう気がするのだが!?
ええい! この痴女どもになんか絶対に身体を明け渡してたまるもんか!!
我が裡なる男子心の灯火を、なんとしても守り通さないと。頑張れオレ! 女体の快楽に負けるなオレ!!
とは言うものの、将来的な懸念材料については、今からあれこれ考えても仕方ない。一先ずこの問題は先送りにしておこう……。
「これで納得してくれたー?」
「私たちは人格こそ違うけども、元は同じ魂であり『個としての本質』はみんな一緒なの。魂の姉妹であり運命共同体なのよ」
「こーゆーのってニホン語で『三つ子の魂百まで』って言うんでしょー?」
「それ意味が全然違うからな」
「ですからそんな自分たちの半身であるお姉様を、私たちは今更邪険にする気は無いわ」
「そーそーだからー、あたしたちは全力でサポートするよー」
「全力でサポート? 嘘つけー!」
「病める時も、健やかな時も、貧しい時も、豊かな時も、悦びにあっても、哀しみにあっても、命のある限り、死が三人を分かつまで、愛し慈しみ快楽を共にすることを誓いましょう」
「いや結婚でも夫婦でもないし」
「似たようなものでしょ? いえそれどころか私たちは、夫婦や姉妹以上に深い繋がりを持った関係なのだから」
「確かにそーなんだけどさ……言い方!」
「ゴ~悦楽同舟! あたしたちと一緒に笑顔溢れる幸せな家庭を築こうよー」
「またテキトーな言葉を……ってプロポーズ!?」
「アナタ、子供は何人産みたいー?」
「欲しいじゃなくて、産む方だと!?」
…………。
…………。
…………。
斯くして以降は莫迦話に終始して――お茶会がお開きとなって、オレが本当の眠りに着くことが出来たのは体感時間にして、それから六刻後のことだった。




