029 秘蜜の花園 ~La Giardina Segreta~ Ⅰ-5
【秘蜜の花園】に来て、ここでお茶会と称してフィリアたちと駄弁り初めてから、随分と長いこと過ごした気がする。
途中で御不浄争いで中座もしたり、何度かまったりと小休憩を挟んだりして――体感時間で七刻以上は経過したような気もするが、ここには時計もないので分からない。
ふと疑問に思いそれを口にしたところ……。
「現実とこちらでは時間の流れが違うわ。おそらく現実ではまだ四半刻くらいしか経っていない筈よ」
と事も無げに答えてくれた。
現実と夢の世界では時間の流れが異なる、と言えばこんな話を思い出した。
『夢の中での一時間は現実世界の五分に相当する』――これは映画『インセプション』で語られた設定なのだが、実際になされた研究においても『夢の世界では五〇%増しで、現実より時間の流れが遅くなる』……そんな研究結果があったという話もどこかで聞いた覚えがある。
なのでかの映画の設定もそこまで荒唐無稽ではない、らしい。そーいえばド●ゴン●ールで『精神と時の部屋』なんてのもあったっけ……ってこれは関係ないな。
それは兎も角。なるほど、つまりこの夢幽境も件の研究結果と同様、時間の流れが非常に遅いのだそうだ。
「すわこの世界で好きなだけダラダラし放題!?」――などと一瞬思ったが……。
「あははっ。そんな都合よくはいかないんだなー。残念だけどここに長居出来ないんだよー」
あっさり否定されたが、その理由は二つあるのだそうだ。
まず一つ目は、本体から精神体が離れた状態が長く続くと、本体に戻れなくなる懼れがあるのだそうだ。
精神体が戻れなくなる原因は色々あるそうだが、昏睡状態になった本体は全て眠り姫病と呼ばれる。
これはオレが目覚める直前のフィリアが五旬――つまり五〇日間も眠ったままだったが、これこそまさしく眠り姫病の状態だった訳である。
そんで二つ目の理由だが――肉体の疲労は眠れば回復される訳だけど、それは精神の方も例外ではない。
疲労するのは精神も同じなのだ。心的過負荷も溜まるし、心労は肉体と同様に眠ることで回復するのである。
だがこの『夢とは異なる夢の世界』では本体の方が眠っている一方で、精神体の方だけは言わば起きたままで活動しているに等しい。
「要するにこの世界にいる限り、夜更かし……いえ徹夜してるのと変わらない訳よ」
いくら現実と比べて、ここでは極端に時間の流れが遅いとは言え、時間が完全に止まっている訳ではないので、精神をひたすら消耗するだけなのだ。
つまりここに長居すればするほど、現実での睡眠時間が削られてしまい、睡眠不足になってしまう懼れがあるのだ。なのでそうならない為には、ここから抜けてちゃんと通常の睡眠を摂らなければいけない……という理屈らしい。
なおこの世界から脱して通常の睡眠に戻り、肉体で目覚める方法だが……それはとても単純なもので、この世界で眠れば本体で目覚めるのだとか。
以上。この『夢であって夢とは異なる世界』――夢幽境についての疑問は一通り聞き終えたワケだが……。
色々説明された割にはなんていうか、殆ど何も分からない……っていうことが分かっただけだった。この謎っぷり、まさに『理外の理の空間』と言うだけのことはある。
「深く考えてもー、仕方ないと思うよー?」
まったくいい加減なものだ。基礎知識の情報は恣意的なチョイスはしていない筈だが(多分)、ここを利用している当人たちですら全く分かっていないのだから、これに関する情報が無かったのも当然だったというべきか。
この世界の不条理に関しては決して納得は出来ないものの、もうこれで納得するしかないみたいだな。
そんな訳でこの話はもう終わりにしてっと……さて他に聞くべきことは何があったかなぁ?
★★★LAST-PRINCESS or LUST-PRINCESS★★★
そうだ! あれについて再度確認しておいた方がいいな。
ひょんなことからフィリアの中で目覚めてしまったオレだが、前世の自分がロクでもない人間だったってことはなんとなく覚えているし、今もそうだと自覚もしている。
だけどもだからと言って、自分以外の他者を蔑ろにしたり、他人の気持ちや感情に無頓着でだったりするような、デリカシーが欠如しているほどにはクズではないし、良心だって持ち合わせている。
不幸な事故で実効支配権を奪ってしまうカタチになり、不本意ながら本体の支配人格となってしまった訳だけど――それはつまり、フィリアたちの身体の自由を奪い、その人生を狂わせてしまおうとしているってことを意味する。
自分が知る前世の世界の常識からは激しく逸脱し、理解し難いとは言え、彼女たちが必死に、懸命に生きて来たことを基礎知識の記憶を通して、そのことをオレはよく識っている。
それが例えどんだけ常軌を逸した生き方であろうと、前世では空虚でいい加減な生き方しかしなかったであろうオレには、彼女たちを否定する資格は無い。ここまで培ってきた努力をオレ個人の勝手な行動や、一存で台無しにしていい訳がないんだ。
だから三番目の人格として目覚めたオレは、なるべく彼女たちの意志を尊重しながら、フィリアらしさを損なうことのない生き方をする責任がある。
えっ? いきなり裸になったり、アへ顔ダブルピースや●ん●り返しをかましたり、風呂上り後にアホ面さらしてだらけまくったり……と無遠慮にやりたい放題だっただろうって? それはそれ、これはこれ。
最初にも言ったが、そもそもオレの中の二人はもっと爛れたことをヤリまくっていたワケで、しかもオレの精神は確実にその悪しき記憶に引き摺られいた訳で……っとそんなことは今はどうでもいい。
そもそもの話だ。
いくらオレが本体の主導権を掌握して、もうどうしようも無くなった状況だったとは言え、今のこの事態に対して平然としていられるのか?
いきなり現れた第三の人格に一方的に肉体の自由を奪われ、自分たちを肉体から追い出されてしまったのに、あっさりとその事実を容認し、素直にオレを受け入れてしまうとかおかしいだろ?
それがいくらフィリアたちと第三の人格が紐付けされていて、オレの消滅がそのまま自分たちの危機に直結すると言う事情があるにしても……。
普通ならあらゆる手を尽くして全力でお邪魔虫を排除して、一刻も早く肉体を奪還しようとするのが当然なのではないか?
といった旨の疑問を伝えたところ……。
「ああ、そのこと? 言われてみればその辺りについて、今までゆっくり話しをする暇が無かったわね……いいわよ、お姉様に私たちの考えを聞かせてあげるわ。さてどう話したらいいのかしら?――」
「じゃあさー、寿命のことからでいいんじゃないかなー? おねえちゃんは魔族が不滅なる存在って名乗っているのはー、識っているかなー?」
今更だけど『お姉様』とか『おねえちゃん』と呼ばれてしまうのは、むず痒いというか鳥肌立つというか……どうにも落ち着かない気持ちになる。
っと、それは兎も角……魔族のことは基礎知識で基本的なことは識っている筈なのだが、不滅なる存在のことはよく分からない。
なので取り敢えず首を横に振っておく。
「自らを不滅なる存在などと豪語するように、魔族というのはとても長命なのよ」
「それは分かってるけど、要するに不死身だとか不老不死だったりみたいな感じだろ?」
「まさか、そんな訳ないでしょ。確かに魔族は生命力が強くて長命だから、寿命が無いと言うのが通説とされているけど……魔族は決して不死身なんかじゃない。頭を潰してしまえば殺せるし、病で死ぬこともある生物には違いないわ。もっともこれも種族によってバラつきがあるらしいのだけど」
「そっか、それはよかった。例えば一〇万三九歳になるまでとか、そこまで長生きするなんて堪ったもんじゃないからな」
「それは同感ね。それに不老不死なんかではないの。短命の人間族から見ればそう見えるかも知れないけど……成長が極端に遅いから変化が目立たないだけで、加齢による衰弱や老化も緩やかにする、らしいわ。あと長生きと言ってもせいぜい千年くらいかしらね?」
「あたしたちの身体も絶賛成長中だしねー! いつまでもちっこいだのー、ちっぱいだのと言わせないんだからー!!」
「因みに淫魔の場合、成人体になるまで五〇年から八〇年掛かるのよ。だから私たちの身体も、まだまだ成長中っていう訳ね」
「お、おう……ソウナンデスカ」
ま、オレとしては是非とも身長は欲しいところだけど……だが――ちっぱいに関しては大きくなると面倒そうだし、自分の中の男子魂が危うくなりそうだから、出来ればここのまま育たないでいて欲しいのだがな。
因みに八歳年下ながら、フィリアよりも遥かに発育がいいホノカも、まだ未成体だったりするワケだな。まあ、その、何というか……オレにはこの身体の成長は絶望的な気がするワケだが……。
そう言えば寿命が長いで思い出したことがある。
地球の北大西洋には、ニシオンデンザメとい動作がとろいサメが棲息しているのだが……そのサメの寿命がなんと五〇〇年以上で、しかも性的成熟――つまり交尾や産卵が出来るようになるまで成長するのに、一五〇年以上も掛かるらしい。
これを仮に人間と他の哺乳類全般と比較した場合においても、成体になるまでの成長速度がまるで違う訳で――なるほど……寿命が長くなれば長くなるほど、性的成熟するまでの成長に時間が掛かるというのは、なかなか理に適った生態なのかもな。
「ん? ちょっと待て。今気になる言い方したよな? 『加齢による衰弱や老化も緩やかにする、らしい』って、そこは断定じゃないんだ?」
「いい質問ね――ところで先程、お姉様は『長生きするなんて堪ったもんじゃない』って言ったけれど、何故そう思われたのかしら?」
「そりゃ答えは簡単さ。その長い寿命とやらが千年、いや例え数百年だったとしても――仮にこの世界にテレビゲームやインターネットがあったところで、退屈で精神が死にそうになる気がするからさ」
『退屈』について誰かが、なかなか含蓄のあることを言っていたな――『石になる』……いやこれは違う。えーとなんと言ったかな?
「そう……とてもいい答えだわ。ではこちらも先程の『老化』について答えましょう。魔族は魔人類だなんて偉そうにしてるクセに、その精神力は人間族とあんまり変わらないのよ」
ああ、そうだ思い出した!――『死が人を殺すというが、それは違う。退屈と無関心が人を殺すのだ』って言ったんだっけ。
「つまり魔族ってー、強靭な肉体と生命力に比べて精神が脆くてねー、老衰で肉体が朽ち果ててしまうより前に……」
そーいえばもう一つあったな――『死に至る病とは絶望である』だったか?
「精神が摩耗して死に至るのよ」
『精神が摩耗する』か――短命の人間ですらあんな言葉を残したくらいだ。それが極端な長命となれば、生きるだけでも難しくなるってことなのかな?




