028 秘蜜の花園 ~La Giardina Segreta~ Ⅰ-4
『胡蝶の夢』という物語がある――
自分が蝶になって飛び回る夢を見て目覚めたが――それは本当に夢だったのか?
或いは自分の方こそが実体はちっぽけな蝶であり、その蝶が見る夢の世界でヒトとして生きていると思い込んでいるだけではないか? 果たして自分が生きているここは本当に現実なのだろうか?
どちらが夢で現なのか?……という話だ。
『邯鄲の枕』という物語がある――
とある貧しい男が仙人から貰った枕で眠ったところ――目覚めてからは、それまでの冴えなかった人生が一変する。
栄華と衰退を繰り返す波乱万丈の人生を送り、その死を惜しむ大勢の人々に見送られながら長い生涯を終えてみると……気が付くとそれまでの出来事は全て、うたた寝したほんの一瞬の間に見た夢に過ぎなかった……という話だ。
斯様に夢とは不思議なものだと思う訳だ。
この世界に転生して、フィリアとして目覚めた今でも――実はこれは前世のオレが見続けている夢であり、このフィリアとしての生を終えた途端、死んだと思っていた前世での男だった時のオレが、再び目覚めるのでないか?……と、そんな可能性だってあり得るかも知れないのだ。
オレ自身は、前世での自分に関わるその記憶の殆どを喪っているが、そのことを惜しむつもりはない。
喪ってしまったのは、それだけオレの人生が忘れる程度の空っぽなものだったからなのだ、そう自分を納得させて、前世の未練は絶ったつもりでいた。
だがそれでもなお――いつか眠りから目覚めて……目覚めた瞬間この夢の世界での記憶も忘れて、日本での平凡な日常に戻ってしまう、いや戻れるのではないか? などと未練がましく思う自分もいる。
或いはオレ自身の方こそが現実には実在せず、フィリアたちが見ている夢の世界で、生きているつもりになっているだけの道化で、仮初めの存在に過ぎないのではないか?
……などと、こんな風につい益体も無いことを、オレが延々と考え込んでしまったのは、本殿を囲む花々の上を薄闇の中で光輝く蝶たちが舞っている光景を目の当たりにしてしまったからだ。
因みにこの光の蝶は、フィリアたち曰く『精霊らしきモノ』と認識しているそうだが、その正体の正確なところは彼女たちも知らず、『こちらに対して実害がないから放置している』のだとか……。
余談だが、ここに咲いている花々は決して枯れることはなく、常に満開の状態で咲き乱れているのだそうだ。
……しばしの間。思考のスパイラルに嵌っていたことに、ふと気が付いたオレは、そんな場合じゃないと思い直す。今は目の前のこの夢の世界の現実と向き合うのが先決だろう。
★★★LAST-PRINCESS or LUST-PRINCESS★★★
「――で結局さ。オレたちが今いるこの空間……夢幽境っていうのは何なの?」
生菓子を食べまくったり、パンツだので脱線しまくっていたが、ようやく落ち着いて話が出来るようになっていた。ここまで来るのにホント長かったわー。
誰もが眠った時に見る、ごく普通の夢の世界――つまり夢涯のことは理解出来る。
夢涯とは、淫魔が精気を吸う為に狙った標的の眠りの世界へ、意識を飛ばして行き来するところでもある。
因みにフィリアの場合、曰く「あたしたちは未成体だから、まだ一回もヤったことないんだけどねー」……とのことだ。
で問題は夢幽境の方だ。
基礎知識の情報にあった夢涯の方と違って、こちらに関しては欠落しているので、さっぱり分からない。
この現実と違わないこの空気感や質感、しかも肉体もあって、飲み食いも出来て味覚もあるし……。
「夢幽境とは、見てのとおりあの天球とここら一帯の花園のことね」
「天球の? この世界のことじゃなくてか?――それにここが『夢の世界とはまた異なる夢の世界』ってどーゆーこと?」
「あくまでこの天球だけよ――夢幽境と私たちは便宜上そう呼んではいるけど、天球の外もここと同じような空間があるのかは分からないわ」
「もしかしたらここの外は、夢涯なのかも知れないけどねー」
「あともう一つの疑問の方だけど――ここは眠った時にだけ来られる場所だから、通常とは『異なる夢の世界』と認識しているだけで……実際のところ、その真実は私たちにもよく分からないのよ」
「かも知れないとか、分からないとか……謎だらけなんだな――そもそもこの天球って何なのさ。夢の世界でこんなこと言うのも妙だけど、なんかこれ人工物っぽくない?」
この天球を人工物っぽいと言い表したものの、その大きさたるや東京ドーム何個分かって言うくらい、天井が高くて広大だったりする訳だが……。
「それも分からないわ。何せ私たちがここを発見したのも偶然だったのだから……でもただ一つハッキリしていることは――この空間があるのは、【聖域なき性域】或いは【不夜なる大淫魔殿】と同じ空間座標にあり、そこに重なって存在しているっていうことよ。そしてこの閉鎖空間は、遥か昔に誰か――おそらく私のご先祖様かしらね……その先人の誰かの手によって作られたらしい、としか言いようがないわね」
「そんでーあたしたちは勝手に居座ってー、ここを自分たちのヒミツの隠れ家にしているっていうワケだよー」
「同じ空間座標に重なって? うーん、よく分からん。要するに亜空間的な? じゃあこの質感があって現実っぽいのも……?」
「そうね。この世界は限りなく本物に近い物理空間よ――物理と意識が混在する意識的亜空間……と私たちは漠然と解釈しているわ」
「うん、やっぱり分からん……って、あれっ? ここにいるのってフィリアだけなのか?」
「さあ? ひょっとしたら誰か他にもいるのかも知れないけど……少なくともこの二〇年もの間、私たち以外の誰とも会ったことがないわ」
「そーそー。初めて来た時からここは無人だったんだよー。それに最初は花園のど真ん中にー、何にもない円舞台がポツンと一個あっただけでー」
「他の淫魔は入れないのか?」
「どうなのかしらね? 私たちの場合は何となく出来ているけど、ここに入るのには何か特別なコツがいるのかも? でも実際に他の者を使って試す気も無いから分からないわ」
「それに他のヒトがいたらー、あたしたちだけの隠れ家じゃ無くなっちゃうからねー」
「隠れ家ねぇ?……そーいえばさっき、『円舞台がポツンと一個あった』って言ったよな?――ってことは、ここは……」
【秘蜜の花園】――そう名付けたこの本殿だけは、私たちが時間を掛けて作り上げたモノよ」
「そーなんだよー。現実から材料を持ち込んで、二人でここまで完成させたんだー。つまりフィリアちゃんズ謹製だよー! これスゴいでしょー?」
「ガチで手作りだったのかよ!」
「ここまで仕上げるのに二〇年も掛ったのよね……でもこれで完成ではないわ。まだまだ増築する予定よ」
「ライフワークですと?」
「でもでもー、人手が一人増えたからこれでペースアップ出来るよー、やったねー!」
「しかも勝手にオレも建設要員に数えられているだと!?」
ってそんな話は今はどーでもいいや……まだ最大の疑問が残っているのだから。
飲み食い出来るこの現実と遜色のない肉体があって、おまけに現実では一つの肉体を共有する、同一存在の別人格たるフィリアが、何故個別に三人揃っていられるんだ? 質量を持った残像だとでもいうのか!?
「――ずばり、分からないわ」
「りゆーふめーみたいなー?」
「私たちがここに来た時から、この世界では何故か実体になっていたのよ。言わばここは『理外の理の空間』よ。一々細かいことを気にしても仕方ないのではないかしら?」
「因みにー、おねえちゃんが今着てるドレスってー、あたしたちがお取り寄せで瞬時に着せてあげたものなんだよー」
「なぬっ? オレの断りなく勝手に着せたのかよ!」
「勝手も何も……自分の姿にも無自覚だった訳だし、それも気付いてなかったのでしょうけど、貴女がここに現れた時、現実で眠った時と同じ格好で――つまり寝間着姿だったのよ」
「それとも今から寝間着になってー、みんなで夜の夜会するー?」
「謹んでご遠慮させて頂きます」
「コホンッ、話を戻すけど。お姉様が既に体験されたとおり、匂いも感じるし触感もあるわ。それに飲んだり食べたり……一通りの生理現象も現実と同じように全て再現されているの」
「生理現象?――つまり、エロエロなことなんかも可能だと……?」
「ええ、そのとおり。そっちの方も含めて、全ての生理現象が現実と同じになっているわ……そう生理現象も起こるのよ」
そう言うと、1号(仮)は徐に立ち上がる。
「なるほど。生理現象も起こるのか……」
何故かこの世界では三人になっているオレたちだが――その実態は同一個体であることに変わりないだろう。それはつまり、身体が全く同じ構造のいわば複製体のようなモノだと考えられるワケで……。
「ところでいきなりだけどー、本殿の入口から入って右側に御不浄があるんだよー」
後方にある本殿をチラッと見ながら唐突にそう言うと、2号(仮)も続けて立ち上がる。
「御不浄、ねぇ……」
そんな複製体的な三人が、だ――オレたちは一緒に生菓子を食べて、コーヒーを何杯もガブ飲みしていたのだ……。
「……」
オレも無言で立ち上がった。
「因みに御不浄はちょっと狭い個室が一つあるだけなのよ。だから――」
食べて飲むだけでなく……その上、全ての生理現象が実装されているって言うことは、だ――当然出るモノがあるワケだな……。
「これは……早い者勝ちよ――!」
その瞬間、三人は同時に本殿入口に向かって駆け出していた!!
尿意を……しかも三人同時に催してもなんら不思議ではなかったってワケだ。とほほ~~。
★★★おまけ★★★
それから一刻後のこと――
「なあなあ、痴力の2号(仮)さんや」
「なあにー?」
「お前さ、確か昼間に『野ションは開放的ですっごく気持ちいい』とか言ってたよな?」
「言ったねー」
「野ションがいいんだったらさ。わざわざ御不浄に行かないでも、そこらの花園の中ですればいいんじゃね?」
「おおー、なるほどー! 花園に花の娘とお花摘みを掛けた冗句だねー? おねえちゃん上手いこと言うねー。おねえちゃんに座布団三枚あげよー!」
「いやそんなこと全然言ってねーし!」
「真面目な話ー。それはそれ、これはこれ、だよー。だってー『誰も見ていないトコ』でしたって気持ちよくない……みたいなー?」
駄目だこの痴女!――早くなんとかしないと……!!




