026 秘蜜の花園 ~La Giardina Segreta~ Ⅰ-2
唐突だが、ちょっとだけ時間を戻そう。
これはデスクワークをしていた時、つまり判子押し作業の最中に『中の二人』と交わした会話だ。
オレの『膀胱が赤裸々お漏らし女体』だと!?
(それ全然違うから! 『思考がダダ洩れ状態』よ)
しかも前世の記憶(二人が戯言に使っていたコンピュータの知識なども、この覗き見で得たものだ)含め僅かに残っているオレの個人情報……その一切合切が丸見え状態とかサトラレかよ。オレには精神的安寧も無いのか?
(私たちを抑えて、私たちの体の支配人格になったのだから、それくらいの代償は我慢なさい)
くっ……こっちだって好きでなったんじゃないやい!
このフィリアという個を構成する人格群は、このオレを含め肉体と記憶と感覚を共有しているが……その反面、感情と思考という各自の人格を楚となる部分は――先住の二人のフィリアに関しては、彼女らは自身の『心を防衛するコツ』を獲得していた為、互いの個を尊重しつつ仲良く共存しているのだという。
だがオレの場合は違う。
予期せぬ事故でこの体で目覚めて、仮にも支配人格になったにも拘わらず……オレ個人の人格を支える『感情と思考』はダダ洩れで、中の二人には常に思考が一方的に読まれ放題になっているという訳だ。
(思考を読まれるのがイヤならー、コツを掴めばいいんだよー)
そうなのだ。そのコツとやらをこいつらはオレには教える気がない。『自力で心を防衛するコツ』を会得しろと宣いやがったのだ。
フィリアの魂魄の中で残滓となって澱んでいた前世の人格は、本来は抹消される予定だった。
ところが逆にオレの意識が目覚めて、そのまま本体の実効支配権を奪取してしまった結果、支配人格となって現在に至る訳だが……。
こんなちっこくて、女体で、おまけに淫魔で……しかも、ちっぱいだし。いや、これはまあいいか。
こんなふざけた体に転生したのは、オレにとっても大変不本意なことだったし、その上で思考が読まれ放題になったことは割に合わない。罰ゲームの類いだろ、これって……。
(それはー、前世のおにい……おねえちゃんがゲスでクズいヒトだったからとかー? えーと、インガオーホー? 業っていうのー? きっとこれは悪行の報いなんだよー)
因果応報って……随分と酷いこと言われてるなオレ。
この呪われたような悪環境が、果たして前世での悪行の報いなのかどうかは兎も角――そんなこんなでオレは、前世の記憶含め個人情報の一切合切が丸見え状態で、精神的安寧が全く無い状態になってしまったことが発覚したワケだ……。
★★★LAST-PRINCESS or LUST-PRINCESS★★★
現在の方に話を戻そう。
起きている間は、常にアタマの中を覗かれ放題になっていたオレにとって、唯一の安寧の時――「心が孤独になれると思っていた、眠りの世界ですらもこの二人に邪魔されてしまったワケだが……」
「そこは安心なさい。この夢の世界では記憶共有も双方向意識回線も途絶しているから、私たちの意思は単独思惟状態になっているわ」
「つまりー、ここではあたしたちはお互いの考えが分からないから、しゃべらないといけないんだよー」
どうやらこの夢の世界では事情が異なるらしい――「ほう、なるほど……それは逆の見方をすると、この世界でだけはオレの本心を隠したままでいられるってことなんだな?」
つまり、だ――「やーいやーい! フィリアの絶壁! このロリ処女ビッチめ!」……なーんてことも、ここでは――「普段、言えないようなことも考え放題なワケだ!」
「ぜっぺき……」
「ロリ処女ビッチ……」
ん? 何か呟いているみたいだが? ま、いっか。
さて今現在のこの状況についてだが……基礎知識に接続したお陰で、オレが置かれている状況はなんとなくは理解出来た。
とは言えオレの中にある基礎知識の情報量は、現時点では五.〇百分率……つまり五%にも満たない。
そのせいで大浴場での実態についての情報が抜けていたのと同様に、ぶっちゃけ今回も分からないことだらけだ。
「夢涯? 夢幽境? 【秘蜜の花園】?――基礎知識の情報は虫食いだらけだな」
そもそもこの現実感はなんなのか?
一般的に眠った時に見る通常の夢とも、現とも異なるとは言え、ここが夢の世界であることには違いないハズなのに、この空間には現実感どころか――「フィリアたちには生っぽい感触や質量も感じられて実体があるようにみえる。これは一体どういうことなんだ?」
眠る前に「自分たちに安易に頼り過ぎてはいけない」と言われたばかりだが、肝心要の基礎知識がこの有様なので、分からないことだらけなのだ――「取り敢えず納得出来るまで、フィリアたちに全部洗いざらい説明して貰わないといけないな……」
「ええ、いいわよ。貴女の疑問には全て答えてあげるわ。ここでは時間もたっぷりあることですしね。ふふふふふ……」
「えっ!? オレはまだ何も言っていないのだが?」――ってこれはまさか、ここでは意思疎通が出来ないって言ったのは嘘で、起きている時と同様――「オレの思考がダダ洩れで心を読まれてる!?」
「思考がダダ洩れもなにもー、さっきからおねえちゃんってば思っていることほとんど全部、口に出して言ってるよー?」
「な、なんですとー!? そんな莫迦なこと……」――ってホントに喋ってるだと?
「このやり取りは、目覚める前にもしたわよ?」
「お、おう……ん? じゃあ、陰口なんかも――」
「言っとくけどこの胸はまだ、はってん途上中でー、いつか足元が見えなくて転んじゃうくらいの爆乳になるんだからねー!」
ほう、発展途上ねぇ?
そーいえば日本では昔、発展途上国を後進国だの未開発国だのと呼んでいた……ってテレビで池上サンが言っていたな。でも建国から何十年経っても、未だに発展途上中の未開発な国も多かったような気がする。アフリカのある国ではゴブリンが襲ってくるらしいし……。
「ウン、ソウダネ……イツカ胸ガ大発展シテ、先進乳ニナルト信ジテルヨ」
「コホンッ!……いつまでも突っ立っているつもり? 長い話になるでしょうし、話はお茶を飲みながらで如何かしら?」
「つまりー、お茶会だよー、夜の女子会だよー」
ふむ。お茶会ねえ?
★★★LAST-PRINCESS or LUST-PRINCESS★★★
夢であって夢とは異なる世界――夢幽境。
星一つ輝くモノのない天上――仄昏い天空に張り巡らされた天球。
黄昏とも払暁とも判別つかない、藍と朱が交じ合う薄明が支配する白夜の如き天地。
隙間なくどこまでも果てしなく大地を埋め尽くすのは、咲き乱れる幾多の種からなる無数の花々。
地平の彼方では陽炎が揺らめき、天球の縁の輪郭が朧気でその果てが見通せない。
当初、オレは周りに広がるこの景観に全く気が付かなかった――目の前にいる二人のフィリアにばかり気を取られていたからだ。要するに視野狭窄に陥っていたというべきなのか……。
でそんな不可思議空間の……いや、一面に広がる花畑の真っ只中に鎮座するのが、【秘蜜の花園】――つまりオレたちが今立っているところのことだ。
ここは石材で組まれた――直径三〇メートル程もある円舞台となっており……まるで絶海に浮かぶ孤島のように、花々が織りなす絨毯の上にポツンと建っていた。
しかもその円舞台は二つあった。同じ大きさの島が石組みの渡り廊下で、行き来出来るように互いを繋いでいる。
オレたちがいる方の島には、煉瓦と石材で組み上げた、高さ一〇メートルはあろうかという二本の円柱の門が聳え立っている。
それに続く渡り廊下にはさながら伏見稲荷大社の千本鳥居のように、半円のアーチを形成した柵が軒を連ねていた。
なるほど。ここはさしずめ性域へと繋がる入場門といったところか。
「さあ、行きましょう」
「こっちだよー」
二人のフィリアは手を繋いで歩き出す――ホント、こいつら仲がいいな。
「おねえちゃんも、するー?」
「遠慮しなくていいのよ?」
「いや結構ですから!」
オレの視線に気が付いたフィリアたちが、空いていた片手をそれぞれ差し出して来たが、きっぱりと断る。そんな絵に描いたような女子の真似事など、恥ずかしくて出来ないっつーの!
二人のフィリアに先導されて門の内側へと踏み込むと、続いて奥行き二〇メートル程の距離があるアーチの隧道を越える。そしてその先に待っていたのは――
そのもう一つの円舞台の上に建っていたのは、エーゲ海にある古代ギリシャ風の遺跡を彷彿させるもので、石材で形成された柱が並ぶ風雅な建物であった。
それは石造りのドーム状の屋根を頂いた四阿? いや形状だけ見ると確かに四阿っぽく見えるが、一般的にイメージするそれより少しばかり大きい気がする。
寧ろ小さな神殿といった方が……それも違うな。家主は神殿とは真逆にあるような存在なのだ。この場合、淫祠と呼ぶのが一番相応しいかも知れない。
「では改めて――お姉様。【秘蜜の花園】の本殿へようこそ」
「よーこそー。歓迎するよー!」
二人のフィリアは互いに繋いでいた方の手をこちらに差し出しながら、空いている方の手を胸に当てて……という見事な左右対称な姿でキメて、優雅にお辞儀をして見せたのだった。




