025 秘蜜の花園 ~La Giardina Segreta~ Ⅰ-1
(……眠れ眠れ~可愛し緑子~母君に~抱かれつ~♪――)
(……赤い羊が六六一匹、赤い羊が六六二匹、赤い羊が六六三匹――)
褥台に入ってしばしのち――二刻ほどが経っただろうか。
ついさっき着替えの時には、半ば寝落ちしかけていたというのに、全然眠れない!……すっかり眠気が失せて目が冴えてしまっていた。
デスクワークのあと一度寝落ちしてしまったからなのだろうか。或いは――あの不条理な双子月の光景に見惚れて、一刻以上も見続けてしまったのが悪かったのだろうか。
あれを見たせいなのか神経が昂って眠れん……。
月光は身体のバイオリズムに影響を与えて、生命を活性化させる――みたいな与太話を聞いた覚えがあるが、狼男よろしく人外の体だと月光と相性がいいのだろうか……ってあれっ? それは満月の話だっけ?
うーむ。ホントどうしたものか……。
(……ここちよき~歌聲に~むすばずや美し夢~♪――)
(……赤い羊が六六四匹、赤い羊が六六五匹、赤い羊が六六六匹――)
だーーっ、五月蠅いわー!!
(あら失礼ね? 眠れるように折角手伝ってあげていたというのに)
子守唄の方は兎も角……殺人鬼ってなにさ? コワ過ぎるわ!
(じゃあさー……激しい運動したらどうかなー?)
(そうね。そうすれば疲れてすぐに眠れるわ)
……運動?
(手淫のことに決まってるでしょ)
(しよーしよー。そうしよー!)
し・ま・せ・ん! ほんのちょびっと、いやかなり興味はあるが……今はそんな気分じゃない。
アタマの中の雑音は相変わらず五月蠅いが、オレが寝付けないのはコイツらのせいではない、と思う。多分……。
おそらくこれはあれだな。他人の家や旅行に行って、いざ眠ろうとすると普段と違う枕と布団では落ち着て眠れない……みたいな感じの状態なのではないか?
枕と言えば、友人★★君も嫁を……二次元美少女の抱き枕を抱かないと眠れないとか言ってたっけ。
ふむ。抱き枕ねぇ……ふと思いついたことがあるので、ちょっと試してみるか。
基礎知識に意識を接続して、『不眠』『安眠』などの関連キーワードで検索してみた。
おっ? やはり思ってたとおりだ。『睡眠』に関する記憶がふわっと浮かんで来る。えーとなになに……ん?――ラテア兄ィ? ルーチェ? ホノカ?……これが抱き枕だと!?
えーと……あとは――
ああ、なるほど、ね……アレか。オレは上半身を起こすと、出入口用のドアの方に――その左右に配置された円柱形の台座に、夜目の効くその眼を向ける。
暗闇の中でそこに鎮座するのは、スリープモードになったまま静止している二体のうさぎのヌイグルミ――うさちゃんズだ。
因みに自律型魔道具であるうさちゃんズは、魔力を全充填すると三日間活動出来る仕様であり、この円柱形の台座が魔力充填器となっているのだそうな。
話を戻そう――つまりまあ、これが勝利の鍵いやさ、これが安眠の鍵だったのだ!
心は今も立派な男子であるオレにとっては気恥ずかしいし、かなり抵抗を感じるワケだが、これも全ては安眠を得る為。仕方のないことなんだ……っていうか、なんで教えてくれなかったんだよ?
(その方が面白そうだか……じゃなかった、私たちを安易に頼り過ぎては駄目よ? 基礎知識の情報が少ないとは言え、この程度なら記憶共有で直ぐに分かることなのだから、自力で解決出来そうなことは自分でどうにかしなさい)
おい! ちょっと待て。今聞き捨てならないこと言ったよな? はっきりと『その方が面白そうだから』って言いかけていたろ!?
(はぁ~っ……まるで幼児のようにこの世をジブン中心に、求めればまわりが右往左往して世話を焼いてくれるとかー、臆面もなくまだそんな風に考えてるー? 甘えないでね? あたしたちはお母さんじゃないからー!)
トネガワかよ! いやでもさ、御不浄の時はしっかり助けてくれたろ? あとルーチェの入浴の手伝いの時も……。
(御不浄はキンキュー事態だったからー、こっちも必死だったんだよー。あとルーチェの方は可愛い妹のお世話の為だしねー)
あー、はいはいはい、もういいや。とにかくオレは寝たいんだ。いつまでもお前らの悪ふざけになんか付き合ってられん。
フィリアはそれに視線を送ると、顎をくいっとやって無言で「こっちに来い」と参集を促す。
うさちゃんズはこくんっと可愛いらしく頷く仕草をすると、ふわふわっと浮いて枕元にやって来たのだった。
フィリアの頭の左右に――大きな羽毛枕の上にヌイグルミが頭部を乗せて、するっと収まったのだった。おおう、憎らしいほど可愛いのう……。
身を倒すと、二枚掛けされた羽毛布と毛布を被り直す。
これも体に染みついた手続き記憶のせいなのだろうか……なんとも屈辱的ではあるものの、寄り添うヌイグルミに挟まれたこの状態、妙に落ち着く。ああ~……これでやっと眠れそうだ。
うさぎと言えば犬猫と違って常時発情する動物であり、昔からスケベの象徴とされていたっていう話をどこかで聞いた憶えがある。でそれ故に世界的に有名な成人男性向け雑誌(週刊の方じゃないぞ)のシンボルマークになったのだとか……。
フィリアがごく普通の人間の少女であれば、うさぎのヌイグルミを側においていても不自然では無かろうし、微笑ましいと言えるだろう。
だがその実態は淫行の権化たる女性淫魔なのだ。淫魔姫とスケベなうさぎって組み合わせは出来過ぎじゃね?
(ったく、ナニ考えているのかしら? それは流石に捻くれ過ぎというものよ)
(ぶーぶー、うさぎ可愛いじゃん!)
お、おう……スマン。そこは純粋な少女趣味だったのか。
(莫迦なこと言ってないで、さっさと寝なさい)
いや落ち着いたとはいえ、そんな直ぐに……眠れる……ワケが……な、い……?――
…………あ、れ? 意識、が――
(おやすみー)
(またあとでで会いましょう)
…………あとで?――
(ええ、そうよ……夢の中でね)
夢の中?……心地のいい微睡みに包まれながら、オレは意識を手放して――
こうしてオレの新人生の始まりとなった、その長かった一日目の幕を降ろしたのだった……ハズだったのだが?
★★★LAST-PRINCESS or LUST-PRINCESS★★★
オレがそれを見て真っ先に思ったことは――「まるで映画『シャイニング』に出ていた、あの不気味な双子みたいだな」というものだった……。
目の前には、無表情でじっとこちらを見つめているお人形然とした二人の――双子以上に見た目がそっくりな、青みがかった銀髪のゴスロリ美少女たちがいた。
身に着けているドレスから髪型まで全く同じもので、姿形が鏡写しのようにそっくりだったが、その中で差異が一箇所だけあった。
片方のコの両目がスミレ色で、もう一方のコの両目がハシバミ色というもので……まあ、要するにオレの目の前にいるのは二人のフィリアだったワケだ。
そーいえばこの二人を揃って見るのは、オレがフィリアとして目覚める前に会った、あの時以来だな。
でも今回のこれは夢だよな?
その割には意識がハッキリとしているし、現実感もある気がする……なるほど。これが所謂、明晰夢というヤツなのだろう。
それは兎も角、オレの夢の中にまで現れるとは、まったく以て厄介な連中だな。ま、どうせこれは夢なんだし、ちょっと遊んでみるか。
先ずは向かって左側にいる痴力の2号(仮)のホッペをツンツンと突っついてみる……ほう、これはなかなか。
今度は右側にいる性技の1号(仮)のホッペを両手で、ムニ~っと引っ張ってみた。
「ちょっと貴女何をやっているのかしら?」
スミレ色の瞳のフィリア、つまり性技の1号(仮)が何か言っているようだが……ふむ。これは凄い――「質感といい感触といい、この夢の現実感たるや半端ないな」
「これは夢だけど、夢じゃないわ――っていい加減手を放しなさい!」
バシッ――おっと。調子にのってムニムニとずっとやっていたら、手で払われてしまった。
1号(仮)の冷ややかにオレを睨みつける、その眼差しがコワい――「怜悧な容貌の美少女が睨むと迫力あるなぁ……」
でもまあ、どうせこれは夢なんだから――「夢に出て来たヤツがするリアクションをいちいち気にしてはいけない」
さてお次はっと……アレをやってみるか――「カ~ミ~カ~ゼ~の~……術ーー!!」
そう言ってオレは、二人のスカートを両手で同時にガバッと捲り上げたのだった。そしてその下から顕れたのはイチゴ柄の、じゃなくて……1号(仮)が穴あき透けパン、2号(仮)が極細紐パンという――「痴女いパンツか……」
こんな布面積が殆どないパンツなんか穿いて、お腹を冷やしたりしないのかねぇ?
そーいえばお風呂の後の着替えで、透けパン派だの紐パン派だのと言ってた気がするけど、これはそのせいなのかな?――「夢のクセに細部までよく出来てるなー」
「ふっふふふー……これはつまりー、おねえちゃんもこんなエロっちぃのを穿きたいっていう願望があってー……これはそんな深層心理を反映した夢だったんだよー!」
「な、なんだってー!?」
今まで沈黙していたハシバミ色の瞳のフィリア、つまり痴力の2号(仮)がビシッとオレに向けて指を差して、ドヤ顔でそう断言しやがった……それどころか――
「ここはおねえちゃんの夢の世界なんだからー、心をカイホーしてこれを穿いてみよーよ!」
どこから出したのか、穴あき透けパンと極細紐パンをそれぞれ両手に持って、ずいっと鼻先に突き出してきやがった。
「さあさあ、どっちを穿くー?」
「……いやどっちも穿きたくないんですけど!?」
「なんとー!? 穿いてないがお望みとはレベルが高い!」
「そんなワケねーだろ!」
「悪ノリは止めなさい!」
スパーーンッ!
「痛ーーっ!?」
「もう! ややこしくなるでしょ。貴女まで乗らなくていいから」
どこから出したのか鉄扇らしきものをハリセン代わりにして、2号(仮)の頭を叩きつけた1号(仮)が、相方に顔を向けて文句を言っている隙に、身を屈めてツッコミ担当の方のスカートをもう一度捲って、改めて穴あき透けパンをじっくり観察してみる。
実にけしからんぞ!――「まったくけしからんエロいパンツだな! しかも大事なところまで丸見えだし……けしからんからちょっと脱がせてみるか。いやその前に指で触診してみようかな?」
「貴女もねぇ……いい加減にしておきなさいよ!!」
と1号(仮)が肩をわなわなと震わせながら、腕を一閃。
バチンッ!――な、殴られた? 親父にも……じゃなくて、こんなちっさいコに顔を平手打ちされるだなんて、ご褒美……ではなくてなんたる屈辱!
しかもツッコミ手段が鉄扇でも尻尾でもない辺り、本気でお怒りのご様子。
ん? 頬がヒリヒリする――「あれ? 痛みがあるだと? これマジで現実感がパない夢だな」
「だーかーらー、夢であって夢じゃないんだってばー」
「一緒になって話を合わせていた貴女に言われてももねぇ?」
「これはおねえちゃんが見ている夢じゃないんだからねー?」
えっ? えっ!?――「それってどゆこと?」
「さっきも言ったけど、基礎知識に意識を接続してみなさい。その方が手っ取り早いと思うわ」
「知識に接続?」――言われたとおりに、取り敢えずやってみた。
なになに? ここは眠りと夢の世界?――「幽界と現界の境界にある夢涯……そこと並行して存在する、物理と意識が混在する意識内亜空間!?」
ああ、うん。なるほどなぁ……やっべぇ、まるで意味が分からん!
幽界?……「って確かオレがフィリアの中で目覚める前に、オレたちが迷い込んだ場所だったっけ?――」
「因みにそのさらに先にあるのが、冥界という最終的に魂が行き着く世界……らしいわ」
「よーするに、戦死者の門のことだねー」
夢涯?……「眠った時に意識が訪れて……無意識がみる夢の世界?」
でここは……「その夢の世界とはまた異なる世界で?――」
「そーそー。で今いるここをー、夢幽境とあたしたちは呼んでいるんだー」
じゃあここって……「オレだけがみてるオレの夢じゃ、ない?」
「はぁ~……自分が置かれている状況を、やっと理解して頂けたかしら?」
「つまりここって……」
「あたしたちだけ存在する、あたしたちだけの夢の空間なんだよー」
「ようこそ。お姉様――私たちだけの世界【秘蜜の花園】へ」
オレの長かった激動の一日は、まだ終わりではなかったらしい。
こうして一日目の延長戦が、夢の中で開始されたのだった。
★没バージョン
オレがそれを見て真っ先に思ったことは――「まるで漫画『ブ●ック・●グーン』に出ていた、あの双子の殺し屋みたいだな」というものだった……。




