015 姫様はじめました ~Little Bitch Girl~ 4
腹八分目で昼食を終え――お次は食後のデザートである。
食卓に並んだのは、フルーツ盛り合わせ》のフローズンヨーグルト》とコーヒーだった。
微かに残っている前世の記憶によると、一人暮らしを始めてからオレがコーヒーにハマっていたことを覚えている。
インスタントなんかではなく、ちゃんと粉砕機で豆を挽いて、さらにそれを独自配合にして淹れるところから始める、手間を掛けたドリップコーヒーだぞ。
白磁のコーヒーカップが載ったソーサーを左手に持ち、コーヒーカップの取っ手を右手の指で上品に掴かんで持つ。
それを顎の下に持って行き、湯気を顎に当てるようにしてゆったりと揺らして、優雅に香りを愉しむ。鼻孔をくすぐるこの香りよ……やはりドリップで淹れたコーヒーはいいものだ。
この香りからすると、どうやらこの世界のコーヒーも前世の日本と同レベルのものらしい。香りを十分に愉しみ終えて……では早速その芳醇な味を堪能させて貰おうじゃないか。
「フィリア?……ミルクとシュガーも入れずに飲むのかい?」
ん? 兄ィが何か言っているようだが……ふふんっ、莫迦め。まるで分かっちゃいないな。
コーヒーは何も入れず無糖で飲むに限るのだ。それこそがコーヒーの苦みと深い香りを味わえるもっとも良い飲み方なのだよ。よってミルクもシュガーも不要なのである……いや寧ろ邪道とさえ言えよう。
一口飲んで、そうそうこの苦味だ、よ?――ぶっ……!!
危なかった思わず吹き出しそうになった……何これ、めっちゃ苦いぞ!? このコーヒーが不味いのか? いや香りはオレがよく知っているものと遜色ない気がする……ってことは、まさかひょっとしてフィリアってば子供舌なのか!?
…………。
…………。
…………。
手にしたコーヒーカップを見つめたまま、長考した末――フィリアは無言で、食卓の上に置いてあったミルクポットとシュガーポットを次々と手に取って、コーヒーの中にどばどばと入れてスプーンでレッツラ混ぜ混ぜとかき回した。
そして何事も無かったかのように、上品な仕草で琥珀色になったそれを飲んだ……温くてとても甘かったとだけ言っておこう。
あ、一つ言い忘れていたが……フルーツ盛り合わせのフローズンヨーグルトは大変美味しゅうございました。前世のオレは甘い物が苦手だった筈なのだが、フィリアの好みなのかこの体が甘味を求めるせいで、お代わりを二回もしてしまったぞ。
★★★LAST-PRINCESS or LUST-PRINCESS★★★
デザートをたっぷり堪能し終えて……正午から数刻ばかり過ぎた午後――六時限になって、数刻ばかりが過ぎた頃。
ルーチェのちっちゃな手で腕を引っ張られながら、ヌイグルミたちを引き連れてフィリアたちは場所を大食堂の隣にあるリビングルームへと移動した。
この時間は先程ルーチェが要望したとおり、姉妹(と兄ィ)で仲良く遊ぶことになったのだ。
このリビングルームもまた物凄く広かった。
掘り下げ式で、その丸い穴になった縁の周囲に長椅子のふかふかなソファが円環状に設置されており、ソファに囲まれたその中央の床には毛足の長いカーペットが敷き詰められている。
さらに外側に接した方にある壁は、採光をたっぷり取り入られる窓ガラスが壁全面に張り巡らされ、部屋いっぱいに午後の陽光が降り注いでいた。これ知ってるぞ、洋画で見た豪邸のリッチな空間だ……。
そんな家族専用と呼ぶにはあまりにも豪華なこの空間の中でも、もっとも目を引くのは暖炉の上に飾れている一幅の肖像画だ。
縦一.五ートルで横二メートルくらいの、一三〇号サイズはあろうかというその大きな肖像画に描かれていたのは、豊満な胸が目を引く肉感的なその体を長椅子のソファに寝そべって、布地面積の少ない煽情的な真っ赤なドレスで身を包み、ハシバミ色の瞳で誘惑するような眼差しを向ける官能的な金髪の美女の姿が等身大の縮尺で描かれていた。
先代太夫にしてルクスリア大公だった、ファルファラ=ノッテ・S・デラ・タリア=バビロニア・666――つまりタリア兄妹の亡母であり……オレにとっても今世における生みの親だった人物だ。
性的象徴を体現したかのようなその姿こそ、まさに淫魔女王と呼ぶに相応しい。
そんな艶姿をした美女の顔は、流石は実母だけあって娘たちとよく似ていた。
今はこんなTHEゴスロリな見てくれの我が体や、無垢で可愛い愛妹も成長したら、将来はこんな感じに化けてしまうのだろうか。楽しみなような怖いような……。
おっとそれは兎も角……ルーチェが選んだ遊びはセプテムカードだった。
これは遊戯牌の一種で魔界七大支族をモチーフとし、それをスートにしたというもので……日本でいうところの所謂、大統領牌に近しいものであった。
スートなどのカードの詳細については説明が長くなるので割愛するが、今回これを使って行われるのはポーカーだ。
これも基本的にはオレがよく知っているルールのポーカーそのものだったので、特に不安はなかった。
しかも……くっくくくく、何を隠そう前世のオレはポーカーが得意だったのだから、この勝負余裕なのだよ。
ソファに陣取って甘いコーヒーを優雅に愉しみつつ……では早速勝負開始といこうか。
プレイヤー兼ディーラーを務めるラテア兄ィが、見事な手捌きでカードをシャッフルしてそれを配り始めた。
ポーカーが得意とは言ったものの、本気でやってしまって愛妹を負けに追い込んで、泣かせてしまうのは不本意というもの。取り敢えず大人な態度でテキトーに手を抜いてやってみますか、ふっふふふふ――
…………。
…………。
…………。
「僕はストレートフラッシュだよ」
「ルーはぁフルハウスですぅ」
「……ツーペア」
ば、莫迦な!――何度やっても勝てないだと!?
ラテア兄ィは兎も角、幼女にも負けてしまうだなんて……最初こそ手を抜いてやっていたつもりだったのだが、手を抜くまでもなくルーチェはかなり強かった。
なのでオレもすぐに本気に切り替えたつもりだったのだが……よし先ずは甘いコーヒーを飲んで気持ちを少し落ち着けよう。
あれ? コーヒーカップがカタカタと揺れている?……地震でも起こっているのかな?
ちゃうねん、これは本調子じゃないねん! いや違うんだ、そうじゃない。
これには理由があるんだよ――このセプテムカードにはその名のとおり七種類のスートがあって、それが各種十組……という日本の大統領牌とは異なる特殊なスートなんだよ。
そう単にこの世界のスートにオレが不慣れだったからなんだ!
だがこのままでは、フィリアはお姉ちゃんとしての威厳が保てない!――ってことでポーカー勝負の捲土重来は次に回すとして、今度はスートの不慣れなど関係ないBBA抜きに勝負を変更した。
…………。
…………。
…………。
「……えーとぉ、どっちかなぁ――?」
最初に兄ィが一抜けし、残ったのはフィリアとルーチェのみ――こっちが二枚でルーチェが残り一枚……そしてジョーカーに当たるザ・ワンのカードを持っているのはこのフィリアだった……。
「こっちかなぁ?」
いやそっちじゃないよ!
「それともこっち?」
そうそうそっちだよ!
「……やっぱりこっちかなぁ?――」
いやいや、そっちはやめて!
「と思わせてぇ……こっち――」
よっしゃあ!!
「……は、やめてぇ、こっちでぇ!」
「くっ……!!」
ば、莫迦な――また負けた……しかも何度やっても勝てないだと? 何故だ! スートの不慣れなど関係ないBBA抜き如きで何故一回も勝てないんだよ!
「虹彩異眼の姉さまはぁ、表情で丸分かりですしぃ」
「面白いものだな……スミレ色のコは、この手の勝負事では無表情が上手いのにねぇ……」
ルーチェと兄ィがボソッと何か呟いていたがそれを聞くことなく、敗北感に打ちひしがれたフィリアは両手を床について頽れたまま、えぐえぐと心の中で泣いた……。
★★★LAST-PRINCESS or LUST-PRINCESS★★★
その後、公務に関わる呼び出しを受けたラテア兄ィが、すっごく名残り惜しそうに退場していった。
残されたフィリアたちは、では二人で次は何して遊ぼうか?……となって――始めたのは綱引きならぬ、尻尾引きだった。
これは幼いサキュバスが伸ばした尻尾――淫魔尾針をお互いに解けないように絡め合い、その絡めた尻尾を開始地点上に配置し、引っ張り合いながら踏み足で歩き抜き、互いの陣地線上まで到達すれば勝ち……という綱引きに尻相撲を掛け合わせたような遊びである。
この尻尾引きは幼いサキュバスたちが行う定番の遊びであり、尻尾を鍛え自在に操れるようになる為の訓練を兼ねた遊びなのだ。
因みにこれ以外にも例えば、指相撲的な尻尾競り合い……ポールダンスのような地に固定した柱に、互いの尻尾を蛇のように絡め合い、その先端を互いに突っつき合って牽制し合いながら、先に柱のてっぺんに到達した方が勝ちというルールである。
他にもシポチャンと言う尻尾のチャンバラなどもあり、尻尾を使った遊びが色々あるらしい。
尻尾競り合いやシポチャンも面白そうではあるが、それは次回に回すとして……今は尻尾引きでの対戦である――さて遊びとは言え、勝負は勝負。これまでの勝負で失墜しまくっている新生お姉ちゃんの名誉回復をする為にも、ここは全力で当たらせて貰おう。ではいざ勝負!――
「ドーエス、ドーエス、ドーエスッ!!――」
……この掛け声なんなの? 必要なのか?
…………。
…………。
…………。
さて勝負の結果だが、連戦連勝の大勝だった――ふっふふふふ……やったぜ、これでお姉ちゃんの威厳を愛妹に示せたぞ! 姉より優れた妹なぞ存在しねぇんだ!!
「うわはっははははーー! どうよお姉ちゃんの実力を見たか!!」
「あのー、フィリア様……尻尾引きって、普通は年長側がハンデをつけるものなのですが?」
「ぐすっ、ぐすっ……」
ルーチェに背を向けてまま両腕を腰に当てて、思わず声に出して高笑いしてしまったフィリアに対して、横からそう言ったのはいつの間にか入室していたホノカだった。
ああ……なるほどねぇ、フィリアの記憶によるとこの遊びって子供同士だけではなく、母親などが相手をする際はハンデどころか、手加減して遊ぶものらしい……こっちも尻尾の扱いに関してはまだ不慣れだったとはいえ(何せ勝手に御立派様に絡み付くような愚息だし)、いやはや流石にこれは少々大人気なかったか。
「あと……あのまま放っておいてもいいんですか?――」
「……うっ、うっ、うっ――」
縦長の瞳孔をジト目にしたホノカが、フィリアの背後を指差す。振り返るとルーチェが両手を床について頽れて――えぐえぐとマジ泣きしていた……。
「虹彩異眼の姉さまなんかぁ……大、大、大嫌い!!」
がーーーーーーん!!――それを聞いたオレは、カードゲームで受けた連敗以上のショックを喰らったのだった……。




