845:頑張って抵抗しよう。
「いやー、力尽きて手が離れる直前に、ばいばーいって手を振ってるのが見えて微笑ましかったよね」
「よねって言われてもな」
うん、結構茶目っ気が有りそうなのは解るけど、同意を求められてもちょっと困る。
実際に会ったのはエリちゃんだけだし。
「にしても、やっぱりとぷんって沈んだ瞬間に、意識が飛ぶかと思ったよー」
「いや、それは飛んで当然じゃないのか?」
むしろ溶解液に沈んで飛ばない方がおかしいのではなかろうか。
「あぁいや、気持ち良くってね」
「……どう答えろって言うんだよ」
お兄さんが割と本気で困ってる。
私にも無理だから、助けを求める様な目でこっちを見ないでほしいんだけど。
「やっぱ目玉って溶けやすいんだねぇ」
「いや、知らん」
「ほら、皮とか骨よりも耐性が無さそうじゃない?」
「言いたい事はなんとなく解るけど、なんでそこを押してくるんだよ……」
エリちゃん、周りの人も引き気味…… なのは元からか。
元々「うわぁ……」って感じの目で見られてたな。
「やー、とろっとしてる割に妙に滑らかに頭の中に入って来てさー」
「別に詳しく聞きたくはないぞ」
「口や目玉の無くなった穴は当然だけど、もう耳から鼻から、中の空気まで溶かして取り込んでるんじゃないのってくらいぬるるーって流れ込んで来て、のーみその奥まで気持ち良ーくとろとろにされちゃった感じでねぇ」
「聞けよ」
エリちゃん、テンション上がり過ぎじゃなかろうか。
いや、まぁダッシュで帰って来たくらいだし、元から最高潮だったのかもしれないけど。
しかし空気を溶かすってどういう事だ。
……まぁ確かに、一応穴の中には空気が有るわけだし、普通はそこまですんなり入って来ないか。
入るにしても、空気がぽこぽこ抜けていく感覚は有るだろうけど、それもなかったんだろうな。
……っていうか、二秒程度で跡形も無く溶ける液体の中で、よくそこまで認識出来たな。
生命の危機に走馬燈を見る様な感じで、集中力が異常な域にでも達してたんだろうか。
もしそうなんだったら、能力の無駄遣いにも程が有るでしょ。
元から凄く加速してる状況なんだから、めっちゃ体に悪そうだよ。
「そんなわけでユッキーと一つになった私はお家に戻ったから、そこから全速力で帰って来たわけだけど」
「その言い方は本当にどうかと思う」
「もう諦めよう、妖精さん」
うん、気持ちは解るんだけど、少しでも抵抗しておかないと歯止めが利かなくなる可能性が有るからね。
……もうなってる気もするし、なってなくても止められる気が全然しないけど。
「ここで一つ提案が有ります」
「これ多分、聞く前からダメって言って良いやつですよね?」
「うん」
よし、お兄さんの同意を得られた。
別に特別な権限とか無いけど、多数決ならこっちの勝ちだぞ。
「酷くなーい?」
「多分酷くないと思うから、一応言ってみて?」
「私、あそこに住みたいよー」
「うん、やっぱり聞く必要は無かったね」
「まぁ当然だな」
「えー」
えーじゃありません。
そんなのダメって言うに決まってるでしょ。
っていうかそれ、提案じゃなくてお願いって言わない?
いや、どっちにしろダメだからどうでも良いんだけど。
「むー、まぁ仕方ないかー」
「なんで『可能性は有ったけどダメだったか』みたいな顔してんだ……」
無いよ。ゼロだよ。
「まぁ私はユッキーのしもべだし、おうちの外でのお仕事も有るもんね」
「いや、そういう問題でノーって言ってはいないんだけど」
別に特にそういうのが無くても、普通にダメって言うよ。
……でも諦めてくれずにグイグイ来られたら、多分流されちゃうんだろうなぁ。
そういう意味では雇ってて良かったと思えるよ。
「……一つ良いか?」
「んー?」
お兄さんがなんか怪訝な顔してる。
「今言った『おうち』ってのは」
「そこー」
「せいっ」
「ぅひぁっ!?」
お兄さんの問いかけが終わらない内から私のお腹を指差して来るエリちゃんに、お仕置きのひんやり水鉄砲をお見舞いだ。
さっきダメですって言ったでしょ。
「うおぉぅ……」
うむ、中にたっぷり水が入ったブーツの感触に苦しむが良いよ。
……びっくりしてこっちに倒れてこなくて良かったー。




