第72話 結界酔い
今回のお話は作中にリバースする表現がありますので閲覧にご注意下さい。
――――数日後――――
いよいよ旅も大詰めを迎え、残りの道程も黒の森をエルフの里へと抜ける為に結界の有る最後の数百メートル程を残すのみとなりました。
「さあサハラ、後はこの直線を駆け抜ければ私の故郷に着くわよ! そうすれば結界の効果も切れてサハラにもこの素晴らしい光景が見られるわ」
「おお~、楽しみなのです~♪」
ララが今言った通り結界があるおかげでエルフの里はサハラさんにはまだ見えていません。
もうほんの数百メートルの距離まで近づいているのに、です。
なのでサハラさんにはいまだに森が続いているだけにしか見えていないのです。
「ではお姉さま、そう言う訳ですので一気に駆け抜けてしまいましょう!」
「ええ、分ったわ」
「いや、お前達待ちなさい。 丸耳を連れて結界を駆け抜けたりなぞしたら――」
「ではララエル、里の境界柱まで競争よ。 それ!!」
「!? ま、負けませんよ!!」
言うが早いか、ルミ姉さんはリンディアさんの言葉を遮ってララに告げると同時に走り出しちゃうのでした。
それに負けじとララもすぐに後を追って馬を走らせます。
「――……あぁ、あの年若い末の妹二人は何故ああも人の話を聞かないのか……」
と、一人とり残されたリンディアさんは深い溜息と共にそう呟いて、自分も馬を走らせて追いかける事にします。
ただ一つ気がかりなのは、ララが乗せている丸耳族が精霊との契約もせずに、幻惑の結界を強制的に走り抜けようとされて相当辛い目に遭うだろうなと言う所なのでした。
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「ぎ~ぃや~ぅ。 ら~ら~、ぐ~るぐるするのです~……きもちわるい~……」
「ええ! さ、サハラ大丈夫!? お、お姉さまサハラが!!」
最後の数百メートルを馬の早駆けで走り抜けようとしたララ達なのですが、走り出して三十メートルも行かない所でサハラさんから力の無い悲鳴があがります。
「どうしたの? ってサハラ! 酷い顔色! ララエルとりあえず一度止まるわよ!」
「はい! あ、お兄様! サハラが死んじゃいそうなの! ど、どうすれば……!?」
サハラさんの悲鳴を聞いて焦ったララがルミ姉さんを呼び止め、呼び止められたルミ姉さんもサハラさんを見てオロオロと焦りだしてすでに止まってるのに“とりあえず一度止まろう”と相当テンパった事を言ってる間にリンディアさんが追いついて来ました。
「いや、お前達落ち着きなさい。 その者は単に結界酔いしているだけだから大丈夫だ」
リンディアさんは案の定酷い目に遭ってるサハラさんにさり気なく体調を回復させる精霊魔法を掛けてあげつつ妹達二人を落ち着かせます。
あんまり落ち着いてくれては居ませんが…………。
「結界酔い? お姉さま、結界酔いってなんですか!?」
「し、知らないわ! ああ、サハラ大丈夫? 頑張って!」
何を頑張れと言うのか、焦りに焦りまくってるララ達二人はサハラさんを抱きしめたり揺すったりして励まそうと頑張ります。
――当然の事ながら、酔って気持ち悪いと言ってる人を抱きしめて圧迫したり、揺すって頭を揺らしたりした日には症状は加速度的に悪化するのですけれどもね……。
「や~め~て~~~……ぁぅ」
(死ぬ、死んじゃう! と言うか吐く! 吐いちゃう!! あ、無理……)
ララとルミ姉さんの怒濤の攻撃についに耐えきれなくなったサハラさんがケロケロケロっと戻してしまい、それを見たララとルミ姉さんがさらに焦ってサハラさんを抱き上げ様としたのですが、そこでリンディアさんが二人の頭をペシっと軽く叩いて止めました。
「待てお前達、それ以上その丸耳を苛めてやるな」
「何を! このままじゃサハラが死んじゃうわ!」
「そうよ! 一刻も早く里に連れて行って治療師のお父様に見て貰った方が良いわ!」
ペシッと叩かれたのに全然落ち着きを取り戻してない二人がリンディアさんに食ってかかります。
「だから落ち着けと言っているだろう。 お前達、この森の結界がどういった物か思い出せ」
「それ位知ってるわ。 『招かれざる者への幻惑』よ」
「そうだ、そしてその丸耳は招かれて居ない。 と言う事は今現在その物は結界の効果である幻覚や方向感覚、それに平衡感覚すらも惑わされる状況に置かれている。 そんな結界の中をお前達は馬で駆け抜けようとしたのだからその丸耳はたまったものでは無いだろうよ」
「どう言う事?」
「この結界は人が歩く一歩程の距離毎にその者に都度違う方向や平衡の感覚を与えるのだ。 そんな場所を馬で駆け抜けようとすれば酷い空間酔いを起す事は当然の事だろうさ」
〈余談ですが、馬は契約してるので平気です〉
「な! そ、そんな……」
「その上今抱き抱えて里まで走った日には症状はさらに悪化するぞ?」
「そうね、そうだわ。 でもそれじゃあ何も出来る事は無いの?」
「ああ、そうだ。 移動させずにその場で安静にするしか無い。 木陰に移動させ様とするだけでも結界の効果が出るのでもう少し落ち着くまでは動かさない方が良いな」
「分ったわ……サハラ、可哀相に」
リンディアさんに言われた様に、ララはサハラさんをその場に寝かせてあげる事にして手近な馬に括り付けて合ったマント(リンディアさんの物)を敷物代わりに敷いてあげます。
ちなみにサハラさんは今盛大に戻しちゃったばっかりなんで敷物はその上に敷かれたのですけれどね。
それを見たリンディアさんが一瞬悲しげに眉を寄せたのは誰にも気付かれませんでしたが。
そしてそのマントの上にサハラさんを寝かせてあげて精霊魔法でそよ風をおこして少しでも気持ち悪いのが治まる様に祈るのでした。
ララがサハラさんの世話をしている一方でルミ姉さんはと言うと――
「それが分って居たのなら何故止めてくれなかったのですか!」
――と、リンディアさんの説明で状況は理解出来たものの、なんでこんな酷い事になる事が分っていたのに一言も言ってくれなかったのかと怒りを露わにしていたのでした。
「うむ、俺はその説明をしている途中だったのだがな。 何処ぞの里で二番目に若い妹が一番若い妹に早駆けをけしかけて走り去って行ったのでな、説明が出来なかったのだよ」
「あぅ、ごめんなさい」
「それはあの者が元気になったら言ってやる事だ。 取り乱して悪化させた事を含めてな」
「そうね。 そうするわ」
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結局サハラさんが復活したのは、それからたっぷり三時間は経ってからの事なのでした。
ほぼ会話文だけですね(((;゜ρ゜)))アワワワワ




