第64話 実は宝弓だった
「何故お姉さまとお兄さまがここに……?」
「ああ、まあこの際言ってしまうが、俺達はお前の監視役だからだよ」
“リンディア”とララが呼んだ男エルフが投げつけられた剣を拾い、傷や刃こぼれが無いかざっと見て鞘にしまいながら質問に答えます。
ララはわりとあっさり投げつけていましたけど、この剣って実はミスリルメッキと言うエルフ独自の技術を使って作られている凄く軽くて丈夫な、それこそびっくりする程に高価な剣なんです。
まあララはこれが普通の剣だと思ってるのであんまり気にしてませんけど……。
「監視!? 私は監視されてたのですか!!」
その答えにララが憤って男エルフを怒鳴り付けますが、男エルフは涼しげな顔でそれにも答えます。
「当たり前だ。 お前はまだ成人の儀が終わってないんだぞ? 未成年の者を一人で里の外に出す訳ないだろうに」
「そうよララエル。 貴方は里の大事な末の娘、そして末の妹なのだから皆心配しているのよ」
と、“メルミア”とララに呼ばれた女エルフも心底心配そうに続けます。
しかし剣こそしまったものの、いまだサハラさんはその女エルフに拘束されたまんまです。
それに気が付いたララは焦って女エルフへ向かって喋り掛けます。
「そ、それよりもメルミアお姉さま、早くサハラを解放して下さい!」
「ん? ああ、忘れて居たわ。 お前、もう用は済んだから去りなさい。 そうすれば命までは取らないわ」
女エルフは拘束していた手を放して通りの向こうを指差しながら、そうサハラさんに命令しました。
命令です。
少なくてもララとサハラさんにはそう言う風に聞こえました。
「お、お姉さま、なんて事を言うのですか! 私は怒りました。 サハラ、こっちへおいで」
ですので、ララはすぐに怒ってサハラさんを呼び寄せました。
その声にサハラさんも安心して駆け寄ります。
「う、うん。 ララ~、怖かったのです~」
やっと剣を突きつけてきた相手から離れれてサハラさんもホッと一息つきます。
なのに女エルフはまたしてもサハラさんのちょっとした一言に噛みついて来るのでした。
「待ちなさい。 お前、今我らの最愛の子たるララエルをなんと呼んだ?」
「え、え? ララ、僕、何だかすっごく怒られてる気がします!」
「また言った! お前! エルフの名を略すとは何たる無礼! ララエルとしっかり呼びなさい」
「やめて下さいメルミアお姉さま! 私がそう呼ぶ事を許したのです! サハラは悪くありません!」
またしても剣を抜き放ちそうな女エルフへララが必死に訴えますが、何だか怒った女エルフにはいまいち通じて無さそうです。
「ララエル、そこをどきなさい。 無礼な丸耳を切って貴方の名誉を守ってあげるわ」
「メルミアお姉さま、もしサハラを傷つけたら私は一生貴方を許しません。 …………今ですら、少しメルミアお姉さまを嫌いになってしまいそうな程です」
「っ!? ララエル……どうして……」
「だから言っただろうに。 メルミア、お前は少し頭を冷やせ」
と、そこで今まで黙っていた男エルフが話に割って入ってきました。
「さてララエル、こうしてお前の前に姿を現したのには理由がある」
「はい、リンディアお兄様。 なんでしょうか?」
ララに嫌いになりそうって言われてショックで固まっちゃった女エルフを横に、今度は男エルフがララへと話し掛けて来ました。
「うむ、お前、里の宝弓を売ろうとしたであろう?」
「ええ!? いえ、私は自分の弓を売ろうかと思っただけなのですが……」
男エルフが言った事はララにとっては身に覚えが全く無い事です。
自分が生みの親から貰った弓を売ろうと思っただけで里の宝弓なんて持ってないし触った事すら無いと思っているからです。
ですがそれは勘違いだった様で……。
「そう、その弓だ、それは里の宝弓『シルフィア』だ」
ララのそんな勘違いを男エルフは衝撃の事実で覆しました。
と、ここまでは真面目に冷徹な表情で言っていたのですが、次の瞬間コロッと表情を変えて幼い子供を叱る大人の顔に変って告げます。
「と言うよりもララエル、例え普通の弓だったとしてもエルフの弓を無闇矢鱈と売るんじゃありません!!」
「ご、ごめんなさいリンディアお兄様……。 でも、私なりに考えて売ろうと思ったの」
ララは兄と慕ってる相手に突然叱りつけられてびっくりしてしまったけれど、それでもちゃんと謝りながら自分の思いも主張します。
ララとしてはここは譲れない一線だと思ったのです。
――ですけど……。
「ララ、ララ~! 弓売っちゃうのです!?」
弓を売ろうとしてたなんて初めて聞いたサハラさんが驚いた声でララに詰め寄ります。
「ええサハラ、でもダメだったみたい……」
お金作ってサハラさんの長杖を買い戻す計画がいきなり頓挫してがっかりのララはしょんぼりとサハラさんへ返事を返しました。
しかしそれを聞いたサハラさんの答えはララの予想の遙か斜め上な言葉だったのです。
「そうだよララ、売っちゃダメなのですよ! だってエルフさんは弓持ってないと格好付かないのですよ!?」
「えぇ? ……そうかなぁ? あ、そう言う事じゃ無くてね、一応私なりに売る理由があってね?」
あんまりにも真面目な顔でサハラさんが訴えるのでついつい“そうなのかも?”なんて思いかけちゃいましたが“ちゃんと理由があったんだよ”と説明しようと思い直しました。
けどそこでさらに予想外な所からサハラさんの援軍が現れて説明するタイミングを逃しちゃいます。
「ほう、そこの丸耳族の子供、分っているな。 弓の無いエルフ族なぞ耳の無い狐人族や鰭の無い人魚族と同じよな」
なんと男エルフが自身の前で腕を組み、大仰な態度でサハラさんへ頷き掛けて居るじゃありませんか!
これにはララはまたまたびっくりです。
いつでも真面目でエルフらしい高潔さをもったリンディアお兄様がまさかのサハラさんと同じ事を言い出したのです。
ララの中での兄像が音を立てて崩れていくのを感じました。
「ですです~。 杖の無い魔法使いと一緒! 弓は重要なのです!!」
「うむ! ララエル、その丸耳は有望だ。 貰っても良いか?」
何故か満足げに頷く男エルフがララへ向かって実に機嫌が良さそうな顔でそんなお馬鹿な事を聞いてきました。
「あげません! と言うかサハラはあげたり貰ったりする様な物じゃありません!!」
きっぱりはっきりしっかりとララは男エルフの申し出を断り、それとサハラさんの事を物扱いしてる事を怒りました。
ただ、実はララ自身も自覚が無いだけで時々『私のサハラ』と言っているのですけれども……。
これは聞き様によっては親愛の籠もった呼び方ですが、穿った聞き方をすると物扱いに聞こえてしまう微妙な言い回しです。
「ふむ、すまない、残念だ。 む、話が逸れたな」
男エルフも本気で言ってた訳では無いですので素直に謝って話を戻します。
「ララエル、とにかくお前には宝弓を売ろうとした罪がある。 急ぎ里へ戻って長老会に罰を決めて貰わねばならん。 帰るぞ」
と、一方的にララに罪を言いつけて帰ると告げます。
酷いです。
「そんな! だって私はあれが宝弓だったなんて知らなかったのよ!?」
「それは関係無い。 事実お前が『宝弓を売ろうとした』と言うそれ自体が問題なのだ。 そしてそれに対しての帰還命令だ。 お前が今言った言い訳は長老会が決める罰には影響するが、『宝弓を売ろうとした』と言う事実は覆せない」
また最初に出会った時の様な冷徹な顔に戻った男エルフがララへ無慈悲に罪を言い渡して里へ帰ると告げました。
「まって! ララは罰を受けるのですか!?」
罪とか罰とか里へ帰るとか、サハラさんはさっきから聞いてればずいぶんと不穏な会話についつい口を挟んでしまいます。
「ふむ、本来丸耳族のお前の疑問に答える義務は無いのだが、まあ良い教えてやろう。 罰は受ける。 だがララエルが今言った通り、本人に自覚が無かったのだしララエルは未成年だ。 なので今回は厳重注意程度になるはずだ」
「そ、そうなのですか。 それなら良かったのです~」
思ったよりも軽い罰らしくてサハラさんは安心します。
まさかいきなり『宝弓を売るなぞ何たること! 死刑!』とか言われなくて心の底から良かったと思いました。
「うむ、しかしもしもララエルが成人していて、しかも宝弓だと知って売ろうとしていたのなら未遂であったとしても耳切り落としの上、里からの追放だっただろうがな。 丸耳とはいえ弓の重要性に気が付くお前ならわかるだろうが、耳はエルフにとって命だ。 これがなければもはやエルフとは名乗れない、非常に厳しい罰なのだ」
そう、自分の耳を指で弾きながら男エルフはサハラさんに説明してくれました。
エルフにとって凄く厳しい罰な様です。
「そう言う訳だララエル、すぐに帰り支度を済ませなさい」
「はい、分かりました……。 サハラ、宿に帰りましょう……」
見るからにしょんぼりしちゃったララは男エルフへ答えて、それから戦いでその辺に散らかっちゃった荷物を拾い集めて、サハラさんの手を取り宿に向かってとぼとぼと歩き出すのでした。
やっと森のエルフは過保護さんって言うタイトルを回収した気がします!




