第41話 村長邸
「状況はある程度ギルドで聞いてきましたが、出来れば村長殿から詳しく説明して頂きたいのですけど」
やっと村長さんが話を聞いてくれる様になったので、リディさんは当初から聞こうと思ってた事を尋ねて見ました。
「わかりました。 しかし何から話したら良いのやら。 なにぶん私共も混乱している所でしてね……」
村長さんは困った様に首を傾げて悩んでしまいます。
リディさんとしては相手が自分で順序立てて説明してくれれば一番手間が掛らなくて良かったのですけど、どうにもこの村長さんにそう言った器用さは期待出来ない様です。
なのでこちらから質問してあげる事に方針転換しました。
「ではまずは一番最初に事が起こった日の事をお願いします。 どんな状況だったのか教えて下さい」
「一番最初は確か……あれは春先辺りだったはずです。 場所は……えー……ああ、あれは北の外れの家です。 そこの家族が最初に発症しました」
村長さんが当時の事を思い出しながら一つずつ答えてくれます。
「春先ですか、それで具体的にはどんな症状なんですか?」
今は初夏の終り頃ですので春先辺りと言うのは出発前にギルドで聞いた二月程前と言う情報とも一致しています。
「その日の朝方に私の元に知らせが来たのですが、その時聞いた話だと軽い発熱やお腹を下したりと言った症状でして、良くある食中りの様な感じでしたね」
丁度暖かくなり始めた時期ですし、食中りになってもおかしくないので当初はあまり気にしなかったそうです。
「季節柄、油断して何か傷んだ物でも食べてしまったんだと思いました。 しかしその日の夕方、今度は村の南寄りの家で同じ症状が報告されたのです」
「へぇ、初日に二家族が発症したのね」
「はい。 次の日にはさらに三家族、その後は時を経る毎に増えていき、今では村中殆どに蔓延しております」
「え、村中ですって? この村の人口ってどれ位なのかしら?」
ここへ来てリディさんは予想より凄く大事になっているらしいのでさすがに焦ります。
「人口はそうですねぇ。 正確には帳簿を調べなければ分りませんが、世帯数は五十二世帯あります」
村長さんは指を折って数える仕草をしつつサラッと答えました。
〈小さい村と言ってもやはり村なのでそれなりの世帯数はあります。 単純計算で一世帯五人でも二百六十人。 実際は少子化社会って訳でも無いこの国では一世帯あたり八人以上は確実に居ますのでもっと多い事になります〉
「やっぱり結構居ますね」
実を言うとリディさんはかなり軽い気持ちでこの依頼を受けちゃったので、今更ながら少し後悔します。
でも後悔は先に立たずって言いますし、仕方無いですね!
「それに最初の頃に発症した人や、一時期来て頂いていた神官様に治療して頂いた人も治ったそばからまた発症してしまい……。 もうどうすれば良いのやら……」
村長さんは頭を抱えて辛そうに呟きます。
疲労感が滲み出ているのが一目で分る姿でさらに衝撃の事実を告げます。
「日に日に症状も悪くなって行きますし、早く原因を突き止めて解決しなければ……最悪村を捨てる決断をしなければならないかもしれません」
「え…………? ちょっと待って、症状って悪化してるの?」
リディさんは村長さんの聞き捨てならない言葉に食いつきます。
ギルドの事前情報には無かった話です。
「ええ、どんどん悪化してますね……。 幸い死人こそ今は出てませんが、今では高熱にうなされて動けない者まで出て来てます」
(そんな話聞いてないわよ。 もしかしてギルドに嵌められたのかしら? ……いえ、違うわね。 ギルドが把握してたのならとっくに街道は封鎖されてるわね。 さてさて、どうしたものかしらね)
「それで、原因に心辺りはないの?」
「原因の特定は出来ていないのですが、私共は井戸水が怪しいと思って居ます」
確かにこの村は井戸水で生活しています。
村の要所要所に何個か井戸はあるのですけど、その井戸の水源は元を辿れば同じらしいのです。
素人目に見ても一番怪しいのは井戸ですね。
もう井戸で間違い無いんじゃ無いかと言う位怪しいです。
「分りました。 ある程度状況も把握出来ましたし、今日一日村を見て回って明日にはギルドへ報告に戻る事にします」
◆◇◆◇◆
話し合いの後、リディさん達は村長さんに村の簡単な地図を書いて貰ってから別れ、すぐに調査を始める事にしました。
「意外と状況が悪いわ。 ゆっくり調べてる場合じゃ無さそうね」
リディさんは貰った地図を片手に少しだけ高台になっている村長宅から村を見回しつつ呟きました。
これは誰に対して喋り掛けてると言う訳でも無く、たんに癖でついつい独り言を喋ってしまっているのです。
そんな呟きなので普通の人には殆ど聞き取れない様な声量なのですけど、長い付合いのコレットさんはいつも聞きつけて返事を返します。
そしてそれは今回もそうでした。
「そうだよねー。 ギルドの話とすっごい違うよね。 あ、そうだお姉様! ちょっと思ったんだけどさ、急いで調べるなら二手に分かれたらどうかな?」
今回の依頼は戦闘ではないですし、四人で纏まって動く必要も無いのです。
だからといって一人ずつ単独で動くのはリスク管理的に最悪ですし、二人ずつが丁度良いのです。
とは言っても、万一何者かに襲われたとしてもサハラさん以外の三人はよっぽどの事が無い限り問題無く対処出来るでしょうけどもね。
「二手か……そうね。 そうしましょう」
リディさんとしても当然二手に分ける事は考えに合ったのでコレットさんの提案をすぐに採用しました。
そして、その話が決まるより前に素早く動く影が一つ……。
「二手に分かれるのね。 じゃあサハラ、私達はあっちを調べましょう」
ララは『二手』と言う単語が聞こえた瞬間にはすでにサハラさんの横へ移動し、当然の様に手を取って一緒に調査しようと歩き出しました。
しかし――
「ちょっと待ちなさい。 ララエル、今回サハラは私と組んで貰うわ。 貴方はコレットと一緒に行って頂戴」
――と、リディさんが衝撃の組み合わせを告げます。
ララもサハラさんもこの組み合わせは予想外でびっくりします。
でもコレットさんは事前に知っていた訳では無いのですけど、ある程度こうなる事は予想していたのですぐに受け入れられました。
「無理ね。 どうして私がサハラと一緒じゃないのよ!」
ですけどララは久しぶりにサハラさんと二人っきりになれると喜んでいたのですぐさまリディさんへ抗議します。
……とう言うより単に不満をぶつけてるだけなのですけれど。
「我が侭言わないでくださいよー。 これだから『森のエルフ』って性格悪いって言われちゃうんですねー」
はぁーやれやれ、とコレットさんは呆れた素振りでわざとらしく首を振ります。
「何ですって!? 誰ですか、そんな無礼な事を言う者は!」
まさに火に油状態!
ララは不機嫌さを隠そうともせずコレットさんを睨み付けます。
〈ところで、森のエルフには主に2種類の性格が居ると言われています。 一つはララの様に身内以外にはすぐに怒ったり見下したりする者、もう一つがとにかく冷静で感情を殆ど見せない者です。 どちらの性格になるかは主に年齢によって変わるらしいのです。 当然これは単にステレオタイプと言うだけで実際には皆一人ずつ違う性格をしていますけどね〉
「ま~ま~ララ、落ち着いてよ~。 リディさんがリーダーなんだし言う通りにしようよ」
と言いつつも、サハラさん的にもこんなに仲が悪そうな二人を一緒にして大丈夫なのか不安になります。
「そう言う事。 二人ともケンカは程々に、仕事は完璧に、そこのとこお願いね。 じゃサハラ、行くわよ」
二人にそう告げて、リディさんはサハラさんの手を取ってさっさと歩き出します。
「じゃ、じゃあ行ってくるね。 ララもコトさんもケンカしないでね~」
サハラさんはかなり望み薄な一言を残してリディさんの横を少しだけ遅れてトコトコと付いていきました。
そんな二人の姿を見て、コレットさんとララはほぼ同時に一つの事に気が付きました。
そう、リディがサハラさんの手を握っていると言う事に。
リディさんも全くの無意識でした行動なので、手を取った本人も歩き出すまで気が付きませんでした。
そして気が付いてから急速に恥ずかしさが込み上げてきてしまい、なんで手を取ってしまったのかとグルグルと頭の中で考えつつも、それでもやっぱり手を離す気にはなれずにそのまま先に進む事にしたのでした。




