第26話 ポーション工房
工房はギルドがある南西地区から三十分くらい歩くと行ける西地区にあります。
西地区は新市街の中では一番古い地域なのですが、元々この辺りは色んな工房が集まって出来た地区なのです。
ですので、この辺りには大小様々な工房がひしめいていて他の地区とは違う独特な雰囲気を放っています。
ただし大規模な工房はもう何十年も昔に〈カララの街〉から隣の大きな街に引っ越して行っちゃったので、今は家内工房的な比較的小さめの所しか残っていません。
そんな少し寂れた工房街の一角に、これまた古そうなたたずまいをしたポーション工房があるのですが、それが今回の仕事場でした。
工房はレンガ作りの平屋建て、壁は苔むしてて長い歴史を感じます。 それに住居も工房にくっつけて建てたらしくてその部分だけ木造で二階建てになっていました。
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ララの道案内のおかげでサハラさんは迷わずに真っ直ぐ目的地まで到着出来ました。
さすがは深い森の中でも迷わないエルフ族さんです。 方向感覚は自称完璧なサハラさんと違って本当に完璧です。
サハラさん達はさっそく依頼人さんに挨拶しようと思って工房に近寄るのですけど、近寄るにつれて工房からは変な匂いが漂っているのに気が付きました。 〈ドクダミ茶とかそんな感じの臭いですね〉
「なんの臭いだろう? あんまり良い臭いじゃないね~」
(なんだか頭が痛くなりそうな臭いです……)
「そうね。 でもこの臭いってポーションを作る材料の臭いなのよ。 正確には材料を煮込んだ時の、だけどね」
「お~、そうなのですか」
「そう言えばサハラはポーション飲んだ事あるの?」
「無いです。 でも色は美味しそうだよね」
(赤だったり青だったり、色とりどりですもんね。 何だかジュースみたいで美味しそうな気もします。 でも、絵の具を使った筆を洗った水って感じにも見えますよね)
「そう、あれは飲まないで済むならその方が良いわね」
ララいわく、相当不味いみたい……初めて飲んだ時は美味しそうな見た目に騙されて危うく吹き出しそうになったそうです。
そんな雑談をしてるうちに玄関まで着いたので挨拶する事にします。
サハラさんはドアをコンコンとノックして__
「こんにちは~! ギルドから来ました~!」
__と、声を掛けてしばし待ちます。 するとまさに『おかん!』って言う雰囲気のおばちゃんが出て来ました。
「よく来たね! あれ、二人も来たのかい? 依頼は一人だったはずだけどねぇ。 ま、良いさね。 さあさあ中に入んな!」
威勢の良いおばちゃんはサハラさんとララを見るなり人の良さそうな笑みを浮かべ、すぐに疑問の顔になったかと思いきや、またまたすぐに笑顔に戻って二人に中に入る様にうながします。
ララは自分はただ単にサハラさんの付き添いで来ただけですって説明しようとしたのですけど、そんな暇も無くあっという間におばちゃんに工房の中に押し込まれちゃいました。
サハラさん達が案内された部屋は工房の中でも一番大きな部屋で、この場所でほとんどの作業をするそうです。
部屋にはいくつも長テーブルが置いてあって色々な器具や材料が載ってますし、壁際には竈が何個もあってなんか良く分らない物をグツグツ煮てるのが見えました。
「こんにちは~! ギルドから来ましたサハラです。 よろしくお願いします!」
(うん、やっぱり挨拶は基本だよね)
サハラさんの突然の大声による挨拶に作業してた人達は呆気にとられながらも、ポツリポツリと返事をしてくれました。
「あっはっは、うちの奴らは愛想が悪くてね、すまないねぇ。 うちの子供らもアンタ位明るかったらよかったんだけどね!」
唯一おばちゃんだけは元気な挨拶が気に入ったみたいです。
ちなみにララは、なんとな~く会釈っぽいのはしてました。
それはそれとして、ポーション作りというのはサハラさんが思ってた物よりずっと地味な作業をしているようです。
サハラさん的には魔法とかバンバン使って不思議作業てんこ盛りの作り方だと思ってたのですが……実際は凄く普通に、煮たり焼いたり混ぜたりしてるだけみたいでした。
「あのかまどで煮てる薬草がメインよ。 あの煮汁をベースにして他の材料を混ぜて作るのよ」
サハラさんがキョロキョロと興味津々で色々な所を見回してたらララが説明してくれました。
「なんだいアンタ、ポーション作った事ないのかい。 しょうがないね、それならそこの薬草をすり潰してて貰おうかね。 エルフのアンタはこっちの材料を絞ってくんな」
さっそくおばちゃんがテキパキと指示を出します。 見守りに来てるだけのララにも自然に仕事が割り振られちゃってるのですけどね。
「あの、私は――」
ララは自分は仕事をしに来たわけでは無いと説明しようとしますが――
「なんだって、アンタは絞るのは不満なのかい! だけどそっちの子は力無さそうだから絞るのは無理だろう? まあしばらくやっててくんな」
と言って返事も待たずに自分の仕事をしに行ってしまいました。
『ガーン』……って顔してるララがちょっと面白かったりします。
・・・・
それはさて置きお仕事です。
サハラさんはおばちゃんに言われた作業スペースでさっそくお手伝いです。
まずは大きなすり鉢に青い薬草をバサッと入れて棒でグリグリ、グリグリ、地道にグリグリと擦り続けます。
そうすると少しだけ真っ青な汁が出てくるので横の容器に移します。 で、また最初に戻ると。
「む~、地味です。 魔女が鍋に怪しい材料放り込んで呪文唱えながら煮込むのを想像してたんだけどな~」
サハラさん的には少しがっかりしたのですけど、こういうのもこれはこれでやってると楽しくなってくるものです。
(実は僕は地道な作業って嫌いじゃないのです♪ ふふ~ん、えいえい! 綺麗に擦ってやる! げしげしげし!)
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「あらまぁ、アンタ意外と筋がいいねぇ。 容器一杯に汁が貯まったらそこの漉し器を通して不純物も取っといてくんな」
薬草の追加を持ってきたおばちゃんが夢中になって薬草擦りをしてたサハラさんを褒めてくれました。
おかげでサハラさんはさらにやる気を出したのですけど、その隣ではララがしょんぼりしながらのそのそと薬草を布に包んで絞り上げています。 どうもララはこう言う作業がすっごく嫌いみたいです。
(ぅ、ララがちょっと可哀相かもです)
でも、そんなララを余所にサハラさんは作業に没頭します。
そのままどれ位か続けたら、擦り汁を貯めておく入れ物が一杯になっちゃったのでサハラさんはおばちゃんに新しい入れ物を貰おうと思って呼ぶ事にしました。
「すみませ~ん、薬草の汁を入れる物が足りなくなっちゃったんですけど~」
「あれまあ、それだけあれば十分だよ。 それじゃあ、次はあっちでこれと煮汁を調合するのをやってみるかい?」
「はい、ぜひやりたいです」
(お~、調合って言葉、理科の実験って感じがしますよ)
すでに最初に感じたがっかり感なんて何処へやら、サハラさんは結構楽しくやれてます。
ただしララはげっそりとした疲労顔でヨロヨロと薬草を絞ってます。
(…………だ、大丈夫かな~?)
何はともあれ薬作りの花形的行程の調合です!
まずはおばちゃんに手本を見せて貰います。
陶器の入れ物を秤の上に置きます。
「最初にこっちの鍋の汁をこの目盛りの位置まで入れて、次にアンタが擦ってた汁を二目盛りだけ足すんだ。 その後この粉をこのスプーンで二杯入れて混ぜれば完成だよ」
それで完成です。
調合の時も魔法を使わないって所に、サハラさんはまたしても少しがっかりします。
ちなみにポーションの回復魔法的効能は、草自体が元々ほんの少しだけもってる力を煮詰めて濃縮したり、絞ったり擦ったりした汁と混ぜて、そこに秘伝の促進剤を入れる事で増幅して引き出してるのです。
促進剤の善し悪しでポーションの品質のほとんどが決まるので、そこが工房の腕の見せ所なのです。
(やっぱり地味なのです……。 でも、これも楽しそうだし良っか~)
・・・・
まずは秤の上に陶器を置きます。
『コトン』
次にお鍋からお玉で言われた目盛りの位置まで煮汁を注ぎます。
『ジャバジャバ』
今度はさっき擦りだした青い汁を二目盛り入れます。
『チョロチョロ』
で秘伝の粉を二杯入れます。
『パサ、パサ』
最後に混ぜます。
『ぐるぐるぐる』
コルクで蓋して木箱に詰めてお終いです。
「一個かんせーい! ……地味です。 調合に失敗したら爆発したりとかそう言うのは無いのですね」
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でも『次は今より早くやる!』とか、『さっきよりこぼさないで注ぐ!』とか、自分で目標を作ってやると案外飽きないで出来るのです。
そんな感じでまたしても熱中してたらもう煮汁が無くなっちゃいました。 今日作る分はこれで終了だそうです。
「いやー、助かったよ。 アンタは昨日まで来てた人よりよっぽど良いね」
「ありがとうございます。 僕、こう言う作業って結構好きなのですよ~」
(昨日までは別の人が来てたんですね。 もしかしてその人の仕事取っちゃったのかな?)
何はともあれ、おばちゃんに依頼達成のサインを貰いました。
(これで銀貨一枚ってもしかして凄く割りが良いんじゃないでしょうか? でもララはぐったりとテーブルに突っ伏してたりするんですけどね)
しかもララは依頼受けてないからただ働きだったりします。 でも、一応最後にそう言ったらポーション二個とお小遣いをくれましたけどね。
「そういえばアンタ、サハラって言ったかい?」
サハラさんはララが限界超えてそうだからそろそろ帰ろうかと思ったのですけど、おばちゃんに呼び止められちゃいます。
「サハラって言ったらここんとこずっと薬草取ってくれてた子じゃ無いのかい?」
おばちゃんは、そう言えば依頼を受けてくれてたのはエルフに連れられたサハラって名前の若い女の子だとギルドの報告で聞いてたのを思い出したのです。
「あ、それだったらたぶん僕の事です」
「そうかいそうかい、アンタだったのかい。 いやー、アンタのおかげで助かったよ。 そうだ、ギルドの報酬とは別に少し色つけてあげるよ。 持っていきな」
なんとおばちゃんはそういって銅貨二十枚も手渡してくれました。
「ええ! 良いんですか? ありがとうございます!」
「いやいや、それにアンタを見たなんて言ったらこの辺りの商工会で人気者になれるしね。 あっははは!」
それから暫くの間、サハラさんはおばちゃんとあれやこれやと談笑したりしてたんですけど、ララが疲れてそうだったので切り上げて帰る事にしました。
「それじゃあ今日は帰りますね。 またよろしくです~」
「あいよ、お前さんが来てくれりゃ仕事がはかどって大歓迎だよ。 またね」
そして遠巻きにこっちを伺ってたおばちゃんの家族にも手を振って別れを告げて、二人はギルドに向い始めるのでした。
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「さ、サハラはよくあんな作業が出来るわね……」
「え~、意外と楽しいと思うんだけどな~」
(エルフさんのが地道な作業とか得意そうなイメージだったんだけど、どうもララは違うみたい)
精神的疲労感で無口になっちゃってたララが何とか喋ったのは工房を出て、しばらく経ってからの事でした。




