第20話 クロ姉のお店へ
仕方が無いのでサハラさん達二人は武器屋からの帰りしなに道具屋へ寄っていく事にしました。
せっかく道具屋へ寄るならばと、サハラさんはラミアなクロ姉のお店へララを案内して行きます。
〈注:普通に行けば二十分の道のりを二時間半も掛けたのは秘密です。 迷ってなんていないのです。 迷ってなんていないんです!〉
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ようやく着いたお店に「カランカラーン」と音をたててベル付きドアを開け、サハラさん達はクロ姉のお店に入ります。
「こんにちは~、クロ姉居ますか?」
サハラさんが挨拶しながら店内を見回すと丁度すぐ近くの棚で商品の整理をしていたクロ姉が笑顔で出迎えてくれます。
先割れのヘビ舌と尻尾の先っぽがちょろちょろ動いてるのがチャームポイントですね!
「あら、いらっしゃい。 また来てくれたのね」
「はい、今日はララと一緒にナイフを買いに来たのです」
サハラさんはララを前に出してクロ姉に紹介しつつ、今日来た目的も一緒に告げました。
「そうなのね。 あ、はじめましてクロエです。 サハラちゃんともども当店をよろしくね」
その紹介に答える形でクロ姉もララに挨拶をします。 クロ姉はぱっと見気怠げなやる気無い系お姉さんなのに、実は礼儀正しくて愛想も良いのです。
それにひきかえララはと言うと……「ララエルよ」とあんまり愛想も無く、一応返事を返した程度の挨拶です。 ララはわりと人見知り……と言いますか、初対面の人にはかなり冷たい態度だったりしちゃいます。
しかしそんなララの態度を気にする間もなく、クロ姉はララの種族に気が付いてびっくりしてしまいます。
「って……うそ!? あなた、エルフじゃない! あたしエルフって初めて見たわ……」
そうなのです。
実はこの町ではエルフ族は凄く希少種で、実際に見た事がある人はほとんど居なかったりするのです。
それには理由があって――
「そうね、私の里『黒の森』は余り外界と接触を持たないからそう言う事もあるのかもね。 それにこの辺りは『黒の森』の直轄地だから他の里のエルフは滅多に来ないので余計に目にする機会が無いのかもしれないわね」
――と言う事で、この町自体はそこそこ大きい町だと言うにも関わらず、今この町に居るエルフ族は多く見積もった所で良いとこ十人位しか居ないのです。
「へ~、そうなんだ~。 ん? って事は僕は今エルフの国に居るって事?」
クロ姉とララの会話を聞いていたサハラさんですが、ララが話の中で気になる事を言っていたので疑問に思います。
「あら、どうしてそう思ったの?」
「だって『黒の森』の直轄地って言うから~」
「ああ、そうじゃないのよ。 私達エルフは丸耳達や他の種族が勝手に決めた国なんて気にしないのよ。 だからここは…………えと、何族か思い出せないけどエルフ以外の種族が王様をやってるはずよ」
ララはサハラさんに説明しようと思ったのですが、本当にこの地を治めてる国に興味が無かったので国王が誰なのかも分かりません。
なにせエルフ族の基本スタンスとしては、他の種族に対して『自分達の世界を貸して住まわせてあげている』なのです。
ですので、間借りしてる人達が勝手に名乗ってる国や王などは知る必要性を感じないのです。
ただし人族の王などをないがしろにするのかと言うとそうでも無く、エルフ族は自分達の事を礼儀を重んじる種族だと思い込んでいるので人族相手でも地位の高い人にはちゃんと礼儀を持って対応します。
それが最初にララがサハラさんへ敬語を使おうとした理由でもあります。
「そうなんだ~、なんだか不思議な感じなのです」
(良く分らないけど、同じ所にエルフさんの国とそれ以外の人達の国が同時にあるのかな?)
サハラさんはそんな風に自分の中で結論づける事にしました。
…………ララの説明だけじゃ良く分らないですしね。
「そうでも無いわ。 竜人族や天人族も丸耳族達の国なんて気にもとめないで好きに生活してるわよ」
「そっか~、そう言う物なんだね」
(う~ん、やっぱり良く分らないな~。 そもそも人種って何種族ぐらいあるんだろうね)
「あ……あたしとしては国の事を気にしてない人達がそんなに居る事にびっくりなんだけど……」
平和にその土地の住民として生活する事が特徴のラミア族としてはララの話した内容はクロ姉にとって驚き以外の何ものでも無いので終始びっくりの連続なのでした。
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「ところでサハラちゃん、ナイフってどんなのを探してるの?」
「おお、そうですそうです。 えっとですね、軽くて使いやすくて熊とも戦える様なのが欲しいです!」
話が一段落した所でクロ姉が捜し物の希望を聞いてきてくれたので、サハラさんは目をキラキラさせながら手を振って何かと戦うジェスチャーをしつつ欲しい物の注文をします。
「そ、そう……。 えーと、確かこっちに『熊殺し』って名前のナイフがあった様な……無かった様な……あ、これね」
(って言っても単に商品名が『熊殺し』ってだけで普通のナイフだけどねぇ。 サハラちゃんはナイフを何に使うつもりなのかしら?)
なんだか予想外な注文に一瞬たじろいだクロ姉ですが、そこはそれ、プロ意識ですぐに立ち直って一番注文に近そうな品を見繕いました。
サハラさんは前回来た時も思ったのですが、この店はそれなりの広さでしかも商品が大量に置いてあるのにそれでもすぐに目当ての物を見つけてくれるクロ姉に感心してしまいます。
「さすがクロ姉、希望通りの品がすぐ出てくるなんてびっくりです! でもこれ普通の果物ナイフに見えます……?」
サハラさんはクロ姉を絶賛しますが、手渡されたナイフがどっからどう見ても普通のナイフなので首を傾げてしまいます。
「うん、普通の果物ナイフだもの」
「!?」
さらっと言われた驚愕の事実にサハラさんは鳩が豆鉄砲状態です。
「……そもそもうち道具屋だから、武器は売ってないし」
しかも追い打ちを掛けるが如く、クロ姉は至極当然の事実を告げました。 凄く当然の事なんですけどね。
「サハラ、大丈夫よ。 そのうち魔法付与したミスリルナイフでも手に入れて、それから熊を倒しに行きましょう。 だから今日はとりあえずそのナイフで良いにしましょう」
そう言ってララはサハラさんの手からナイフを受取って、刃こぼれや錆びが無いかとかを確認して大丈夫そうだったのでクロ姉に精算を依頼します。
「そうそう、それにこれでもこのナイフ出来は良いのよ? あ、この前また来てくれたらサービスするって言ったしお安くしとくわね」
(えーと……このエルフさんが言った事って、エルヴンジョークなのかしら? まさか本気でサハラちゃんと熊を戦わせる気じゃ無いわよね?)
ララが至極真面目な顔で言ったので冗談なのか本気なのか全然判断出来ないからクロ姉は凄く不安を感じてしまいます。
「わかりました~、熊はミスリルナイフまで我慢ですね」
まあサハラさん自身も本気で熊と戦おうとは思ってないのですけど、実はララだけはものすっごく真面目にどうすれば良いのか悩んで居るのでした。
「はい、じゃあこれね。 鞘はサービスで付けてあげるわね」
「ありがとうございますです。 今日は助かりました、って事でそれじゃあクロ姉また来ますね~。 次来たときには是非膝枕お願いします!」
「なに馬鹿な事いってるのさ。 そんな事ばっかり言ってると将来が心配よ。 ……そもそもあたしに膝は無いし」
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そんな訳でサハラさん達は無事にナイフを買えたので、次の日に備えて早めに宿へ帰る事にしたのでした。




