第18話 猫の魚と鳥亭
「もー、サハラー、機嫌直して下さいよ-」
ぷんすか怒った振りしてるサハラさんをララがちょっと困った顔で追いかけてきます。
「ぷ~、たまには僕だって怒るのです」
なんて口では言ってますけど実際には怒ってない事はララにもバレバレです。
ですのでララもあんまり焦ってないのですけど、それでもどうやって機嫌直して貰おうかなぁなんて悩んでしまいます。
「うーん、そうだ! 昨日行けなかったし、今日は久しぶりに宿以外で夕飯を食べましょうか」
パンっと手を合わせてララはそんな提案を思い付きました。
「え? それは良いかもです!」
(あ……しまった! 食べ物に釣られました~)
「ふふ、やっと機嫌を直してくれましたね。 さ、エリックに美味しい店を聞いておいたので行ってみましょう」
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そんな訳で一旦宿に帰って、装備品を部屋に置いて軽く水浴びしてさっぱりしてから向かう事にします。
そうすれば丁度時間も良い感じになりますしね。
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「えっとね、確か三ブロック先の……酒場とか食堂が固まってる一角にあるって話だったから……」
ララは宿から出てギルドとは反対方向へサハラさんの手を引きながら歩いて行きます。
サハラさん的には手を引かれるのはすっごく恥ずかしいんですけど、つい昨日迷子になったばっかりなので何にも言えなかったりするのです。
「確か……名前は『猫の魚と鳥亭』だったわね」
「なんだか凄い名前のお店だね~」
「そうね、変な名前なのと店が地味なので、すっごい空いてるらしいわよ」
「ふ、不安になります」
「ふふ、でも味は美味しいらしいから安心して、ちょっと薄味なのがたまにきずらしいけどね。 って言っても私も行った事無いんだけどね」
「そうなんだ~」
(うん……全然安心出来る要素が無いけど、まあ良いや)
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「えーと、猫……ねこ……ネコ……あったわ! ここね」
そう言ってララが指さした店は、なんと言いますか……ぱっと見ただの民家、しかもぼろいです。
看板もドアの上に小さく『猫・魚・鳥』の順番で絵が描いてあるだけで、知らなければ絶対に気が付かないでしょうと言う感じなのです。
それと、ドアは冒険者向けの店じゃ無いらしいので普通のドアですね。
ともあれ二人はカランカラーンとベル付きのドアを開けて中に入ります。
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お店の中は、それでもちゃんとここが食堂だと主張するかの様に何席かテーブルが用意されていました。
厨房もカウンターキッチンになっていて、確かにここが民家では無いと物語っています。
でもやっぱり普通の食堂と比べると狭いですし、何よりお客さんが人っ子一人居ません。
おかげでサハラさん達は営業中なのかな~?と不安になります。
不安なままちょっと待って見ると、奥の方から「ととととと」っと走ってくるような音と共に女の子が飛び出してきました。
「わーォ、お客さんだ! いらっしゃいませー!」
そう言いながら、驚き顔の女の子はサハラさん達の前で急停止して深々とお辞儀しました。
―――したのですけど、サハラさんはその姿にもの凄い衝撃を受けてしまいました!
それこそラミアのクロ姉に出会った時と同じか……むしろそれ以上のショックをです!
どうしてかと言うと、なんとこの女の子、ピコンと頭に猫耳が付いているのです! それに尻尾も!
※ ※ ※
女の子は百五十センチ位の背でサハラさんより少し大きめで、髪の毛は焦げ茶色のショートヘアー、ただし耳と尻尾は黒い毛で、目は濃い青色、年齢は十代後半~二十代前半辺り。
服装は白いブラウスにチェックのミニスカート、それとフリル付の大きなエプロンを着てます。
後、尻尾のさきっぽの方に赤いリボンをつけてお洒落してます。
※ ※ ※
「ちょ! ら……らららららララ! ララ! ララエルさん!! このかた猫耳が付いてますよ!?」
サハラさんはついに日本人が異世界に渡りたがる理由、第一位(サハラさん調べ)の猫耳女の子に出会えた興奮でララの袖引っ張りまくりで目をキラキラさせて捲し立てます。
「え? そうね。 猫人族ですね」
ララはサハラさんの尋常で無いはしゃぎっぷりにちょっとびっくりしてしまいます……が、それより何よりびっくりしてるのは当の猫人族さんだったりもします。
「え……えとー……お客さん、こちらの席へどうぞ」
サハラさんのはしゃぎ様に怯えて耳が後ろ側にぺたっと倒れてるけど、何とか席に誘導してくれます。
ちなみにカウンター席です。
「可愛いです! 耳倒れてます! 耳触っていいですか!? お名前なんて言うんですか? 猫人族さんって初めて見ました! あ! 僕はサハラって言います!」
「さ、サハラ、まずは落ち着いて……」
もうサハラさんは興奮しちゃって自己紹介やら質問やらハチャメチャな順番で捲し立てちゃってます。
「はわわわゎゎ、わ、わた、私はアリエノール、です。 み、耳は触っちゃダメ……です」
猫人族さんはサハラさんの勢いに押されてついつい名乗っちゃいました。
「が~ん……ダメなんだ。 仕方無いです、今日は諦めます……。 改めましてアリエノールさんよろしくね! アリーさんって呼んでいいですか?」
「は、はい! よろしくです。 ……じゃなくて! ご注文! お願い……します」
終始サハラさんの勢いに押されっぱなしのアリーさんも、きょどきょどしながら何とかそれだけは伝えてメニュー表を差し出しました。
でもサハラさんは字が読めないのでメニューはララが受取って二人分選んじゃいます。
「じゃあ、このおすすめって書いてある魚の料理と鳥の料理を一つずつお願いするわ」
(そ、それにしてもさすがサハラね。 なんだか分からない内にあだ名で呼ぶ仲になっちゃってるわ……)
「か、かしこまりましたー。 すぐに作っちゃいますねー」
アリーさんは言葉通りにすぐ厨房へ入って料理を始めます。
驚いた事に、この若い猫人族さんが一人でお店をやっているみたいですね。
そんなアリーさんを見ていたら――
「全てを清める煉獄より溢れる浄化の炎よ……」
――なんて唱えたかと思うと竈に火が付きました!
「ららララ! 魔法です! 魔法ですよ!?」
「そうね。 えっと……それがどうかしたの?」
「…………あ~……そうでした、なんでも無いです」
(おっとっと、なんだか普通に生活してると魔法って目にしないからその存在をすっかり忘れちゃいますね~。 にしても火魔法格好良いです!)
なんてサハラさんは考えていますが、実は毎日ララエルさんが色々な魔法を使ってくれているのですけどね。
服や体の汚れを浄化してくれてたり、髪の毛を乾かしたり、ダメージケアしてくれたり、虫除けとか、果ては快適空調魔法までひっそりと使ってくれてるのです。
いくら魔法が得意で魔力も一杯あるエルフ族でも、これだけの魔法を常時使い続けるのはかなりの負担なのですけど……人知れずララエルさんは頑張っているのでした。
「アリーさん、アリーさん」
「はい、なんですか?」
サハラさんの問い掛けにアリーさんは忙しそうに料理しつつも返事をしてくれます。
「このお店はアリーさんお一人でやってるのですか?」
「そうですよー、お料理屋を開くのが夢だったんです」
ふっふーん、胸に手を当て耳と尻尾も立てて自慢します。 その仕草がとどことなくサハラさんに似てたのでララはついつい笑みをこぼしてしまいます。
「おお~、そうなんですか~。 アリーさんってまだ若いのに凄いです」
「そ、そんな事ないですよー。 お爺ちゃんに出世払いでこのお店貰えたから運が良かったんだよ」
そんな感じでアリーさんが料理中もサハラさんのお話攻勢はとどまる事を知りませんでした。
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さらに、料理を美味しく食べた後もサハラさんはハイテンションでアリーさんと仲良くなろうと頑張って話しかけます。
その時に聞いた話なんですけど、実は猫人族は案外大勢町に住んでるらしいのです。
この町では人族以外の種としては二番目に多いらしいです。
ほかにも、いま旬の食べ物は何かとか得意料理は何かに始まり、終いにはアリーさんの生まれは何処かとかの話までしています。
最初は、さすがに迷惑なんじゃないかとララがコッソリ聞いてみたら『私、歳の近い女友達が居ないんです。 だから今日はお話出来て楽しいです』と返されちゃったそうです。
たしかにこの辺りは冒険者向けの地区なので若い女の子はほとんど居ないですね。
そんなこんなで凄く楽しい晩ご飯になりました。
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ずいぶんと長いしてしまったので外はもう真っ暗です。
サハラさん達はそろそろ帰ろうかと準備しだしたのですが――
「も……もう帰っちゃうんですか……」
と、すっかりサハラさん達と仲良くなったアリーさんが耳も尻尾も力無くしょんぼりと聞いてきます。結構寂しがり屋さんの様です。
「うん、もう夜になっちゃったし今日は帰ります」
「そうね、さすがにそろそろ帰らないといけないわね」
「二人とも……ま、また来てくれる? ご、ご飯食べなくても良いから……来て欲しい……な」
アリーさんは、恐る恐る勇気を振り絞ってお願いします。
「うん! 絶対来ますよ~。 アリーともっと仲良くなりたいしね」
「そうね。 ご飯も美味しかったし近いうちに来ましょう」
「絶対だよ!? また来てね!」
「またね~」
「では、ご馳走様でした」
アリーさんは店の前まで出て来て二人を見送ったのですけど、二人が道を歩き始めても中々見送りを辞めないで結局店が見えなくなるまでずっと外でサハラさん達を見送ったのでした。
本編内でのランキング
近年までの第一位は「エルフに合う為」だったのですが、ここ十年程の熾烈な首位争いで現在は僅差で「猫耳少女(尻尾付き)に会う為」になりました。
一位:猫耳少女さん
二位:エルフさん
三位:角付きさん(竜人とか羊人さんとかね)
四位:ラミアさん
五位~:色んな獣人さん
注:当社調べ(嘘
異議や異論は大いに認めます!




