6.奇跡
私は、どうしたいのだろう。
たまに考える。
初めは、いきなり連れてこられて、歌えと言われて、帰りたくて仕方なかった。
レグルス様が「帰してやる」とおっしゃって、
それが唯一の希望だった。
でも、レグルス様と過ごすうちに、帰りたいと思う時間が減っていった。
庭園で薔薇を見た時、楽しかった。
少しずつ元気を取り戻していく姿を見るのが嬉しかった。
「君は彼を癒すためにここにいる。治れば必要なかろう?」
ディルゴ先生にそう言われた時、涙が出そうになった。
そうだ。呪病さえ治れば私はいらない。
帝国貴族のレグルス様と
属州民の私
いつまでもそばにいるわけない。
きっとその日は近い。
だけど
私は彼のカナリアとしてそばにいたい。
せめて、必要ないと言われるその日まで…
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
ちくりとした微かな痛みに、レグルスは顔を顰めた。
注射器の中の薬が血管から注入されていく。
「これであとは様子見じゃ」
ディルゴは言って機材を片付けはじめた。
ディルゴたちの努力が実り、試薬が完成した。
レグルスがその第一号だ。
「ぱーってよくなったりはしないんですねー」
と不思議そうにリーナが言うと「魔法科学であっても魔法では無いからのう」とディルゴは笑った。
「しばらく安静にしとれ。体調が急変したらすぐ連絡をよこすのじゃぞ?2〜3日したらまた来る。」
彼は片付け終えるとそう言って帰っていった。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
静かになったレグルスの部屋に彼とリーナの2人はいた。
「すまない…」とレグルス。
「何がですか?」
「俺は…いまだにお前を解放させてやれてない」
約束、したのに…と彼は拳を握りしめる。
「大丈夫です。レグルス様が元気になられると、私も嬉しいです」
とリーナは微笑み、レグルスの手に触れた。
呪病のせいで体温の低いレグルスは、小さいそのぬくもりを離したく無いとそっと握る。
「…今も…帰り…たいよな…すまない、変なことを訊いた」
「…それは…」
リーナは言葉を濁らせた。
彼女自身がわからないのだ。
帰りたいか、帰りたく無いか、そう問われれば帰りたい。
だが、それ以上にレグルスのそばにいたいと言う気持ちの方が強くなっていた。
「私には、家族はいないんです…」
リーナはポツリポツリと語りだした。
幼い頃に流行病で両親を亡くした。
それからは祖母が面倒を見てくれていたが、数年前に他界していた。
「私の歌のこともあるので、皆さんよくしてくださって…私の居場所、だったんです」
それが、レオナールに攫われ、レグルスのカナリアになった。
「…すまない」
「あ、責めているんじゃないんです!ただ…」
「ただ?」
レグルスは俯くリーナの瞳を覗き込んだ。
彼女は耳まで赤くなっている。
「……レグルス様のそばも、いこごちが良くて…」
「……っ」
彼は声を出せなかった。
自分のせいで人生を狂わされた彼女が、手放したくないと思っていた光が、自分のそばがいいと言ってくれた。
「ですが…」と、リーナは続けた。
「魔蝕紋が無くなれば私は必要なくなります。その時は…」
属州に帰ります、そう最後まで言えなかった。
その前に、レグルスの腕の中に閉じ込められていた。
「必要ないなどと言うな!」
リーナの肩に顔を埋めて彼は言う。
「ずっと…ずっと約束を果たせなかった事を悔やんでいた!」
だができなかった。
「手放したくなかった。リーナは無理やり連れてこられた…わかっていたのに…」
涙が伝う。
「その声が必要だからじゃない!お前が、お前だからそばにいてほしいと思っていた!」
ーーー帰らないでくれっ!!
「そばに、いてくれ…」
「……はい」
リーナはレグルスを抱きしめ返し、彼の頭に頬を寄せた。
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3回目の投与を終え、診察がおわった。
新薬は効果を発揮した。レグナスの魔蝕紋が薄くなったのだ。
基礎体温も僅かだが上がっていた。
「副作用もない。このまま続ければそう遠くないうちに消えるじゃろうて」
そう言われて、レオナールは胸を撫で下ろした。
レグルスが魔蝕紋を発症してから15年…
やっと報われた気がした。
「ありがとう」とディルゴに、そしてリーナに言う。
「まだまだこれからじゃ。完治にはまだ遠い」
とディルゴは言うが、それでも嬉しかったようだ。
傷ついた魔力回路の回復にはリーナの歌が有効だが、レグナス自身の体力の問題もある。
筋力だけは薬でも歌でもどうにもできない。
「じゃあ、わしは行く。新しい被験体にもこの薬を試さねばならぬでのう…」
量産化も急がねばならない。
忙しい忙しいと言いながらも彼は楽しそうだった。
「ああ、それはそうと、カナリア嬢」
帰りがけに彼はリーナに呼びかけた。
「お主にそのうち礼がしたい。何かあれば遠慮なく訪ねるがよい」
ディルゴはそう言って、今度こそ館を去っていった。
「私からも改めて礼を言おう」とレオナール。
「君を連れてきて良かった」
空気が凍った。
確かにそうだ。
彼がリーナをここに連れてきた事で、レグルスとリーナは出会い、そして今、呪病が治る兆しを見せている。
だがそれでレオナールがリーナを無理やり連れてきた……誘拐を肯定することはできない。
「父上、リーナに謝罪してください」
重苦しい空気の中、レグルスは言った。
「何故だ?」とレオナール。
「属州(田舎)から連れ出し、この帝都で生活させている。お前のカナリアという仕事も与えた。何が問題だ?」
本当にわからないとレオナール。
「違うのです、父上」とレグルスは言った。
「リーナの意思を無視してここへ連れてきた…それが問題なのです」
「……嫌だったのか?」
リーナを見てレオナールは尋ねた。
リーナは答えられなかった。
確かに初めはいやだった。だが、屋敷からほとんど出なかった…出たとしても研究所と屋敷の往復だけだったが、属州民だからと差別されることもなく、また衣食住にも困っていない。
だが、今までの生活を壊されたのは確かだ。
「それはすまない事をしたな」
答えられないリーナにレオナールは言って去っていった。
レオナールは悪い人ではないんです。
差別主義でもないです。
ただちょっと不器用なんです。多分




