4.第七種侵蝕性魔力紋症候群
目の前はずっと暗闇だった。
第七種侵蝕性魔力紋症候群
そう診断されたあの日、俺の人生は終わった。
いつまで生きられるのかという恐怖と
いつ死んでも構わないという諦め
その二つの闇の中で俺は息を潜めていた。
発症してから15年。
父上が手を尽くし、奇跡的に生き延びられたけどそれだけだった。
呪病に罹り、満足に動けない俺は後も継げない。
俺なんか放っておいて、新しい妻を娶り、子を成した方がより効率的なのに…と不思議なくらいだ。
ずっと自分が嫌いだった。
でも
リーナが来てから、俺の世界は変わった。
あの歌で魔蝕紋の症状が緩和され、動けるようになった。
彼女の笑顔のためならなんでもできる気がした。
わかっているんだ。
リーナは出会ったあの日に約束した
「必ず故郷に帰す」と言う約束を信じている。
だからこそ、俺を信じ、笑みを向けてくれていると言うのに…
俺はいまだにその約束を果たしていない。
そして…卑怯なことに果たしたくないと思っている。
彼女を手放してしまえば、俺はまたあの暗闇の中に戻されてしまう。
呪病の緩和のためだけじゃない。
今更、彼女を、彼女の笑顔を、失いたくはなかった。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
ステラティス家の館にディルゴが訪ねて来てから三日。
つい最近まで家からどころか、部屋から出ることすらできなかったレグルスと、故郷に帰りたいと言っているリーナを外出させることにレオナールは渋い顔をしたが、最終的には許可を出した。
2人は馬車に乗り、ディルゴの研究室へと向かっていた。
「そういえば、帝都も馬車なんですねー」とリーナ。
「魔法科学の発達してる帝都なら、こうばーってなってピョンな感じだと思ってました」
「テレポート装置のことか?あれは安全性の問題があって普及しなかった」
「危ないんですか?」
「警備上の問題だな」
そんな話をしながら馬車に揺られる。
帝国の象徴である魔法科学のふんだんに使われている城を横目に、しばらく行くとその屋敷兼研究所はあった。
城が近いのは医師としての腕も確かだからだ。
馬車を門前につけてもらうと、若い研究員が出てきて「こちらへ」と案内した。
「来ると思っておった」
ディルゴは持っていた資料を置いて、2人をソファーに促した。
そしてお茶が入る前から話し始めた。
「さて、この前も話したが…」
ーーーカナリア嬢の歌だけで魔蝕紋を完治させることは不可能だろう
それは確定事項のようだった。
レグルスだけでなく、第二種の魔蝕紋を患っている男を癒やした通り、歌そのものは症状を緩和する力がある。
だが、あくまで緩和だ。今まで薬でやってきたそれを歌…特殊な魔法で行っているに過ぎない。効果は薬以上、副作用もないが。
ではなぜ緩和するのか。
彼女の歌は一体何か…
「魔力の流れを正常に整えてるのじゃよ」
生けとし生けるものには魔力がある。
魔力が尽きれば死ぬし、植物は枯れる。
それらに足りない魔力を歌によって足りなければ注ぎ、流れそのものを調和させていたのじゃな。
「魔蝕紋の主症状は、魔力の枯渇や暴走じゃ。そこを整えてやれば、当然ながら症状は軽くなる」
ディルゴは資料の一枚を指で叩いた。
「じゃが、それで魔蝕紋そのものが消えるわけではない。原因が残っておる以上、時間が経てば再び魔力の流れは乱れる」
「……じゃあ、薬と同じ?」
リーナが尋ねる。
「そういうことじゃな。薬より効果が高く、副作用もない。そこは大きな違いじゃが、やっておることは所詮、対症療法じゃ」
ディルゴは小さく息を吐いた。
「症状を抑えることと、病そのものを治すことは別じゃ。魔力の流れをいくら整えても、魔蝕紋を生じさせておる根本の原因を取り除けぬ限り、完治には至らん」
「……歌では、魔蝕紋そのものは治せない」
「うむ。残念ながら、今のところはな」
ディルゴはそう言って、2人を見て…ニヤリと笑った。
「じゃが、ここからが我々を長年苦しめてきた呪病への反撃の時間じゃ」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
症状を完全に抑えることができるなら、次は根治を目指すのみだ。
「あのー」
リーナが小さく挙手し尋ねた。
「今更なんですけど、魔蝕紋ってレグルス様のお顔や、この間の方の腕みたいのですよね?
私、故郷では全く聞いたこともなかったんです…けど…」
「そうじゃろうな」とディルゴ。
「はっきりとは確証がないが《帝国民の血》が濃ければ濃いほど発症者が多い気はする。初めは貴族病かと思ったくらいじゃ」
「帝国の血…」
レグルスは呟く。
「つまり、俺とリーナの子供なら魔蝕紋の影響はないと言うことか?」
「理論上はな」
真面目に答えるディルゴの視界に、赤面し俯くリーナの姿が映った。
「そういう関係なのか?」
「あ、いや、深い意味があったわけじゃなく…例え…そう例えばの話だ!」
焦って取り繕うとするレグルスに「まあ、よいよい」とディルゴはうなづいた。
「で、でも、同じ帝国の人でも、なる方とならない方いるんですよね?」
気を取り直してリーナが尋ねた。
「そうさの…種類もまちまちじゃから…」
「何か共通点でもあればいいが…」と、どうにか立ち直ったレグルス。リーナは彼を見てを見て、「聞きにくいことですけど…」思いついたことを口にしてみた。
「レグルス様のお母様は?」
「俺が生まれてすぐに亡くなった」
「持病かあった…とか?」
「いや、聞いていないが…」
するとディルゴが「そうか!」と叫んだ。
「母親か!こりゃあ、盲点だった」
調べ直そうと言い、ディルゴは魔法機器を操作し出した。どうやらカルテを調べ直しているようだ。
「明日また館に行こう、今日は帰ってくれ」
そして彼はそう言ったきり、画面に集中し、2人を見もしなかった。




