3.医者
私、メイドのナンシーと言います。
属州から帝都に出稼ぎに来て…レオナール様が雇ってくださり、ステラティス公爵様のお屋敷にお勤めして、6…7年目でしょうか?
日に日に弱られるレグルス坊ちゃまと、それをご覧になり肩を落とされるレオナール様を見るのは辛い日々でございました。
そんな折、カナリア様がいらっしゃったのです!
同じ属州出身で、可愛らしい容姿と可愛らしいお声、歌声は奇跡を呼び、なんと、坊ちゃまの病状が和らぐまで!まさに奇跡を呼ぶカナリアです。
幾度か名前で呼んで欲しいと言われましたが、そんなとんでもない!カナリア様をお名前でお呼びするなど…私ごときがしてはならないと思うのです。
カナリア様の悲しげな顔には心が痛みましたが。
そうそう、そんなカナリア様ですが、坊ちゃまとお庭に出られたのです。
お茶の支度をしながら間近で拝見することができたのですが!これがまた!初々しくて…。
はい、私、にやけるのを止められませんでした!
そして、今朝!私は見てしまったのです!
坊ちゃまのお部屋で手を繋いで眠っているお姿を!
いや皆まで言うな!わかっておる!
このことは私の胸にしまっておきます。
えぇ、しまっておきますとも!
ねえ、メイド長、聞いてくださいー!!!
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
レグルスは気まずかった。
目が覚めた時に感じた温もりに。
闇の中でうなされ、夢現の中で掴んだ光、
夢だと思っていたものが、右手に確かにあったから。
リーナも気まずかった。
早めに起きて、力が緩んでいたらそのまま戻ろうと思っていたのに、そのまま熟睡してしまった恥ずかしさに。
「「………」」
互いに何も言わない。言えない。
手も繋ぎあったまま。開け放たれた扉の向こうのメイドの視線も止まったまま。
「何をしているんだ?」
声が聞こえて一斉に振り返ると、そこにはレオナールがいた。
メイドが一歩下がると、レオナールは部屋に入ってきた。
「ずいぶんと仲良くなったものだな」
言われて二人はパッと手を離す。
リーナは赤面して俯いた。
「どうしました、父上?」
「主治医が来るそうだ」
気を取り直して尋ねるレグルスにレオナールは言った。
「必要ありません」
レグルスは返す。
「これまで医者が何の役に立ちましたか?
彼らは第七種の俺を研究に利用したいだけだ!」
調子が良くなったのはリーナのおかげだと言うと、レオナールは彼女を見た。
「カナリアにも用があるそうだ」
「……っ!!」
レグルスが息を飲む。
「それは…彼女もモルモットにするつもりということですかっ!!」
拳を握り締めレグルス。興奮しすぎたせいか咳き込んだ。
リーナはそんな彼の背を優しくさすった。
彼はそんな彼女に掴まり呼吸を整える。
そんな二人に一瞬、そう、ドアの外で待機しているメイドくらいしか気づけないほど一瞬、レオナールは目を細め、「伝えたからな…」と低い声でいうとその場を後にした。
「すまない」
レオナールはまたリーナに謝った。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
その男が館を訪ねてきたのは、正午を過ぎた頃だった。
帝国屈指の名医にして、魔蝕紋研究の権威である彼…ディルゴは連れを一人連れていた。
「レグルス殿はずいぶん顔色が良くなりましたなぁ」と彼は笑い、
「カナリア嬢がいらっしゃると聞きましてな、その力を見せてもらおうかと用意したんですよ」と連れを紹介した。連れの男は頭を下げ、その腕を見せる。
その腕にはレグルスのものによく似た紋様がある。
「第二種…」
「ああ、レグルス様に比べれば軽度じゃが、困っている患者には違いない」
言いながらディルゴはいくつもの魔科学式の計測器を用意する。
治療と研究、どちらが本命か…
「リーナはお前の玩具ではない!」
レグルスは不機嫌を隠しもせず言った。
「玩具などと…そんなそんな。私は一人でも多くの患者を救いたいと思っているだけじゃよ」
さあ、歌ってくだされと、魔科学計器をセットしてディルゴ。
「リーナ、歌わなくていい!」
「強制はしない、ただ、彼もまた、病に苦しむ一人じゃ。見捨てることなど優しいカナリア嬢はできまい…」
確かにリーナは迷っていた。
しかし、目の前の第二種の男を見捨てることは彼女にはできない。
「レグルス様、ごめんなさい」
彼女は歌い出した。
優しい歌声。
反応する計器を見つめ、ディルゴは感嘆の声を上げた。
第二種の男の魔蝕紋も反応していた。
消えるわけではない。だが、男自身も常に付き纏っていた倦怠感も痛みも消えていくのを感じているのだろう。
自分の両手を眺めている。
レグルスは歯軋りした。
こんな時でも、少しだけ楽になる身体に。ディルゴの思うままの研究材料にされている現実に。
「いやいや、面白いデータが取れたよ」とディルゴは笑った。
「お礼に知りたいことがあればなんでも話そう」
「で、では!」
リーナが身を乗り出した。
「私は、レグルス様を…治すことはできますか?」
その質問にディルゴの目がすっと細められた。
「治したいのかね?」
「もちろんです!」
尋ねるディルゴにリーナは即答する。
「それでそばにいることができなくなっても?」
「………っ!?」
「君は彼を癒すためにここにいる。治れば必要なかろう?」
「貴様っ!」
次の瞬間、ディルゴは大きくよろけ、尻餅をついていた。
リーナの前には彼女を守るようにレグルスが立ち塞がっている。
殴られたというのにディルゴは「ずいぶんと良くなったものだ」と笑っていた。
「黙れ、次に余計なことを言ってみろ、ただじゃ置かない」
唸るようにレグルス。それをみてディルゴは手を叩いて笑った。
「あの人生を諦めていた坊ちゃんがねぇ…」
その表情はまるで孫を見るようだった。
「冗談はこれくらいにしておいて…」
彼はそう前置きして続けた。
「結論から言えば、カナリア嬢の歌で完治させることはできん…じゃが」
ーーー可能性は見えてきた
「詳しいことは今日のデータを持ち帰って調べんとわからんがの」
ディルゴは計器を片付けながら、ふっと笑った。
「3日後にわしの研究所に来なさい。話してやろう。」
彼は言った。
「わしを殴れるほど回復しているんじゃ。外出など造作もないじゃろ?」
シリアスに耐えきれずやってしまいました!
後悔はしてません。




