【修正】指名手配(クエスト)の整合性が取れていませんわ
アストレイド公爵邸を出発した馬車の中。
リリアーヌの膝の上には、リチャードが攻略した『千夜一夜物語』があった。
魔神の心服によって、豪華な宝石の装飾が施された表紙。
「……リリアーヌ。君にしか扱えない本だが、重荷になっていないか?」
カイルの問いに、リリアーヌは首を振った。
「いいえ。物語を正しく綴り直すのは、私の役目です」
リリアーヌが、万年筆を愛おしそうに指でなぞると、カイルは表情を和らげた。
「誰かに筆先を邪魔されようと関係ない。俺の生存率は120%……死ぬことさえ許されない設定だ。君が最後の一文字を書き終えるまで、俺は決して倒れない」
「……ええ。頼りにしていますわ、『不死身属性』」
二人が交わした静かな誓い。
その直後、馬車が到着した場所――冒険者ギルドは、鋭い殺気に満ちていた。
掲示板に貼り出された「緊急依頼」を見て、ヴィンセントが眉をひそめる。
「……カイルとリリアーヌの討伐依頼だと?」
目の前には、何者かの悪筆によって書き換えられたプロットが記されていた。
依頼内容: 『暴虐の王・カイル』および『世界を書き換える魔女・リリアーヌ』の討伐。
報酬:この世界の主人公になる権利
「……主人公になる権利? 笑わせないで頂けます?」
リリアーヌは、黄金の万年筆を鋭く突き出した。
「物語の主人公とは、生き様によって読者に認められるもの。他人の命を奪って手にする称号に、一体何の価値があるとおっしゃるの?」
リリアーヌの黄金のペン先から、鮮やかなインクが滴る。
「目に余る整合性の欠如ですこと。……没ですわ」
リリアーヌが虚空に向かって、流麗な動作で赤を入れる。
『修正:あなたたちは、最初から自らの人生の主人公です』
刹那、世界を覆っていた殺意が霧散した。
「……俺の人生の、主人公……?」
一人、また一人と武器を床に落としていく。乾いた金属音だけが、静寂の戻ったギルドに虚しく響いた。
……当然ですわ。自分を『モブ』だと定義して他人の座を奪うなんて、プロットが絶望的です。書き直せば、こうなるのは道理。
「大丈夫か、リリアーヌ」
カイルが剣の柄から手を放す。
「ええ。ただ……依頼書は、最初から破綻することを望んでいるような、底意地の悪い書き方ですわ」
リリアーヌは、不自然に沈黙を保っている扉を見据えた。
狂乱した冒険者たちは、ただの「書き損じ」に過ぎない。本命の「誤字」は、奥に潜んでいる。
「さて。ギルマス、いつまで隠れていらっしゃいますの? 貴方の喉元には、既に『赤ペン』が突きつけられていますわよ」
扉が、ゆっくりと、震えるように開き始めた――。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「主人公になる権利」という、物語の登場人物にとって抗いがたい誘惑。
「整合性の欠如」として一蹴し、全員を「自らの人生の主役」へと格上げして無力化する。これこそが、リリアーヌ様の戦い方です。
次回も、どうぞお楽しみに!




