【挿入】砂塵の千夜(アラビアン・ナイト)と、語り部の執事
リチャードが最後の一滴まで紅茶を飲み干した瞬間。
水の都が、熱を帯びた「砂」へと変質していく。
見上げれば、漆黒の空に浮かぶ巨大な三日月。
地平線まで続く黄金の砂漠が広がっていた。
「おや……。どうやら別の物語が、勝手に挿入されたようですね」
リチャードが呟くと同時に、砂漠が大きく揺れた。
砂塵を巻き上げ、実体化した巨大な『魔神』が、三人の神と一人の執事を見下ろす。
『――愚かな迷い子よ。ここは物語の檻。語り続け、聞き手を愉しませぬ者に、明日の陽光は拝ませぬ』
魔神の咆哮は、世界の理そのもの。
「アラビアン・ナイト」では、【面白い物語を語り続けること】だけが生存の条件。沈黙は、そのまま存在の抹消を意味する。
魔神が、記述で編まれた巨大な拳を振り上げた、その時。
「ハクア、天空のセレナーデを。……ベルゼ、お代わりは自由です。オールイン、次の配当は『この物語の結末』に」
リチャードは、微塵も動じず、ティーカップを手に取った。
そして、襲いかかる魔神を「観客」にして、流暢に語り始める。
「魔神よ。あなたは『アラビアン・ナイト』の結末をご存知ですか? ……いえ、私が語るのは、もっと退屈で、残酷な、『神』の物語ですが」
声が響いた瞬間、振り上げられた魔神の拳が、空中でぴたりと止まった。
リチャードの語る言葉一つ一つが、砂漠の空に「金の文字」となって浮かび上がり、世界の記述を塗り替え始めたのだ。
「私の物語は、少々長いですよ。……千夜でも、足りないくらいに」
第085話をお読みいただき、ありがとうございます!
「神」の物語を語り始める執事。
千夜を数える頃、世界は一体どのような形に変貌しているのか。
次回も、どうぞお楽しみに!




