「有害な記述」につき削除いたします 〜黄金の棺と優雅なティータイム〜
領地目前でギルドに差し止められたお母様は、そのまま、近隣の深い森に鎮座する特級隔離施設――通称『聖域』へと強制移送されていた。
お父様が激昂するのも無理はない。玄関先で、愛する妻を「規約にない事態が起きたから」という理屈で拉致されたに等しいのだから。
「……リリアーヌ様、この先です。ですが、どうかお気をつけて。中にある遺物は、見る者の精神を蝕むほど汚染が激しく……」
案内する調査官の言葉を背中で聞き流し、重厚な扉を押し開けた。
だが、ギルドが恐れる「記述の矛盾」など微塵も感じさせない、穏やかな光景が広がっていた。
「あらリリアーヌ! 遅かったじゃない。ここは空気がひんやりしてるのに、紅茶が冷めないのよ。あなたも一杯どうかしら?」
部屋の中央。
運び込まれたばかりの、まばゆい輝きを放つ『黄金の棺』。
あろうことか、お母様――エレオノーラは、伝説的な遺物の蓋を『ティーテーブル』代わりにして、優雅にスコーンを頬張っていた。
「……お母様。公爵夫人として、そして凄腕ハンターとして、状況をどう説明なさるおつもり?」
「状況? ええ、最悪よ。せっかく見つけたお土産をギルドの人が取り上げるんですもの。これじゃあ、みんなを驚かせられないじゃない」
お母様が差し出した指先には、べったりと「真っ黒なインク」のようなものが付着していた。
それは棺を運んでいる最中に、表面から滲み出た、世界の不備――「行き場のない記述」。
「お母様、動かないでくださいね。……全く、こんな書き損じを公爵夫人の肌に残したままにするなんて。『校閲者』という存在を軽んじているようですわ」
私は、そっと愛用の万年筆を走らせた。
「――不必要な設定につき、削除いたします」
シュッ、と鮮やかな一本の『赤い線』を引く。
刹那、黒いインクは嘘のように消え去り、黄金の棺の蓋が悠久の時を経て、ゆっくりと開き始めた。
最後まで、お読みいただき、ありがとうございます。
ギルドが「精神を蝕む汚染」と恐れた呪いを、ただの「ひんやりしてるのに紅茶が冷めない便利機能」程度にしか思っていないお母様……。
さすがは公爵夫人にして凄腕ハンターです。リリアーヌの校閲も、お母様の天然(?)な大物ぶりの前では、苦労が絶えないようです。
次回も、どうぞお楽しみに!




