【脚注】四大侯爵、全滅。――読み飛ばされる敗北者たちと、平和な朝食の風景
アストレイド公爵家の朝は、いつも通りだった。
窓から差し込む柔らかな光、焼きたてのパンの香り。そして、昨日までの戦いが嘘のような、家族の団らん。
「リリアーヌのオムレツは、少し焼きすぎではないか? 料理長に『リテイク』を命じるか?」
「お兄様、落ち着いてくださいませ。焦げ目も立派なスパイスですわ」
昨日、白銀の剣を手に「誤字は許さん」と断罪した騎士の姿はどこへやら。ヴィンセントお兄様は、朝から私へのおかずの取り分けに余念がない。
ふと、母様の席を見る。まだ空席のままだが、父様の話によれば、ようやく「ある場所」からの帰還の目処が立ったらしい。
感傷を遮るように、特等席(ティーカップの横)で、一冊の本がさらりと頁をめくった。
「サクラ、あなたも何か召し上がる?」
問いかけると、空中に「僕っ娘」らしい軽妙な文字が浮かび上がる。
【※注釈】
昨日の『一括置換』が最高のフルコースだったから、僕は今、お腹いっぱいだよ。
それよりリリアーヌ、僕の頁に『※ガバルディ:絶版(二度と会えません)』なんて索引が増えちゃった。整理整頓、大成功だね!
「あら、それは良かったですわね」
私が微笑むと、父様が魔導瓦版を広げながら、紅茶の香りを愉しむように口を開いた。
「……ガバルディだけではないよ、リリアーヌ。昨夜のうちに、他の三家の侯爵たちもすべて白紙に戻ったようだ」
「白紙、ですの?」
「あぁ。ガバルディの背後にいた『朱い力』が消失した影響だろう。一人は領地の不正が暴かれて爵位剥奪。一人は魔力の枯渇で隠居。そして最後の一人は、狂乱して自ら物語を降りた。……まさに、全編差し戻し、だな」
父様の言葉は淡々としていたが、どれほど悲惨な「没落」を意味するかは想像に難くない。
【※脚注】
彼らは、世界の読者に思い出される資格を失ったよ。
名前も、罪も、栄光も――もう誰の記憶にも残らない「読み飛ばされる過去」になるんだ。
「ふふ、サクラ様も手厳しいですわね。ねえ、お兄様もそう思いませんこと?」
「……あぁ。リリアーヌを泣かせようとした連中の頁など、インクの無駄遣いだからな」
問いかけに、ヴィンセントお兄様が、皿に三つ目のクロワッサンを乗せながら不機嫌そうに鼻で笑う。
四大侯爵という国内の不純物は、これでようやく全て排除された。
けれど、胸にはまだ、あの『執筆者』が残したインクの染みが、冷たくこびりついている気がして――。
「……リリアーヌ? もしや、ジャムが足りないのか?」
「いいえ、お兄様。これ以上甘いものをいただいたら、人生に『苦み』という語彙がなくなってしまいますわ」
第077話をお読みいただきありがとうございました!
ガバルディ侯爵との激戦を終え、ようやくリリアーヌに平穏な(?)朝食の時間が戻ってきました。
そして今回は、予言書こと「サクラ」が本格的に食卓に参戦しました!
四大侯爵という国内のノイズは一掃されましたが、気になるのは空席のお母様の行方……。
甘すぎる朝食の後に待ち受けるのは、果たしてどんな「プロット」なのか。
次回も、どうぞお楽しみに!




