【絶版】そよ風に変わった最強魔法と、現実を突きつける白銀の剣
王都中央広場。
ガバルディ侯爵の軍勢によって制圧された場所だった。
「……ま、待て。何だ、これは」
空から泥のように叩きつけられたガバルディ侯爵は、震える手で石畳を掴んだ。
予言の頁から「落丁」し、現実へと放り出された彼を待っていたのは、自軍兵士たちの、困惑と恐怖に満ちた視線だった。
「ガバルディ様……? そのお姿は、一体……」
側近の問いかけに、侯爵は絶叫した。
「構うな! アストレイド一族を、今すぐ消し去れ! 予言では、我らが勝利すると記されていたはずだ!」
ガバルディ侯爵は残った魔力を振り絞り、空中に漂う『朱いノイズ』の残り香に手を伸ばした。
世界を灰にするはずだった最強の魔法――『終末の業火』。その決定事項を、無理やり現実へと引きずり出そうとしたのだ。
「見よ、これぞ運命に選ばれし、絶対不変の力――ッ!」
だが、放たれたのは業火ではなかった。
――そよ……。
侯爵の手のひらから漏れ出したのは、花の香りを孕んだ、あまりに心地よい「初夏の微風」だった。
リリアーヌが予言の中で行った『一括置換』。現実世界の理さえも既に書き換えていたのだ。
「……風?」
「火が出ない……。甘い匂い?」
兵士たちの間に動揺が走る。
ガバルディ侯爵は顔を真っ青にし、虚空に向かって、「朱い力」に縋り付き叫んだ。
「助けろ! 力をよこせ! 契約したはずだ、私は『主役』ではないのか!?」
叫びに応え、空間が激しく歪む。
侯爵は狂喜した。……だが。
【※致命的警告(CRITICAL ERROR)】
対象のプロットは『破綻』しました。
魔力の著しい無駄遣いを確認。
現時点をもって、ガバルディ侯爵への執筆支援を打ち切ります。
理由:これ以上の干渉は『コストに見合いません』
「……打ち切り? 何を……何を言っている!?」
朱いノイズは、彼を助けるどころか、名剣や魔導具を、「ただの炭」へと変えていく。
侯爵のマントに「※絶版」という黒いシミを残し、そのまま霧散していった。
「……嘘だ。私は侯爵だぞ。世界を、支配するはずの……っ」
力が抜け、膝をつくガバルディ。
ふと見上げれば、自軍の兵士たちが、次々と武器を捨てていた。
彼らが恐れていたのは侯爵ではなく、背後にあった「絶対的な力」だ。それが消え、ただの震える老人に成り果てた男に、従う理由などどこにもない。
「――見苦しいぞ、ガバルディ侯爵」
凛とした声が広場に響く。
広場を包囲したのは、アストレイド公爵家の誇る精鋭騎士団。そして中央、抜き放った白銀の剣をガバルディの喉元に突きつけたのは、リリアーヌの兄、ヴィンセントだった。
「お、お前……アストレイドの若造……! なぜだ、予言ではお前たちは全滅し、私が……!」
「予言だと? 笑わせるな。お前が見ていたのは、ただの『質の悪い下書き』に過ぎん」
ヴィンセントは、妹を思い浮かべ、一歩踏み出した。
「リリアーヌが命を削って『校閲』した世界だ。お前のような誤字が、これ以上一文字たりとも居座ることは許さん。――騎士団、逆賊を捕らえよ!」
刹那、誰かが石を投げた。
「そうだ、予言なんて嘘っぱちだ!」
「俺たちを騙した大罪人を引き立てろ!」
ガバルディ侯爵は、王宮のバルコニーに、黄金の光が舞う幻を見る。
現実を必死に守り抜いた兄と、予言を鮮やかに書き換えた妹。
(おのれ……アストレイド兄妹……ッ!)
彼が見た景色は、真っ赤なインクでバツ印をつけられた、無様な人生の最終頁だった。
第076話をお読みいただきありがとうございました!
ついにガバルディ侯爵との戦いが、現実世界でも決着を迎えました。
次回も、どうぞお楽しみに!




