物語の破綻は、全編差し戻しですわ!
シルヴァーナの気配が完全に霧散し、戦場を支配していた絶対的な重圧が消え去った。
「……危機を乗り越えた、か」
アストレイド公爵が、剣を鞘に納める。動作にはいつもの威厳が宿っていたが、大きく震える指先が、対峙した相手の異常さを物語っていた。
カイルもまた、深く息を吐き出し、隣に立つリリアーヌの肩をそっと支える。
「リリアーヌ、怪我はないか?」
「……ええ。ただ、少しだけ腰が引けてしまっただけですわ」
強がって見せるものの、リリアーヌの額には冷や汗が浮かんでいた。だが、カイルの手の温もりを感じると、瞳には「校閲者」としての鋭い光が戻ってくる。
乱れたドレスを整え、背後にいたセリナに向き直った。
「セリナ。あのような無礼な設定、一文字たりとも認めてはなりませんわ。彼女の言葉がすべて『事実誤認』の赤字で埋め尽くされて見えましたもの」
『え……?』
不安げに瞳を揺らしていたセリナが、驚いて顔を上げる。リリアーヌは、毅然とした態度で告げた。
「勝手に私の友人を『プロットの穴埋め』呼ばわりして、身勝手な連行を企てるなんて。物語の破綻も甚だしいですわ。あんなデタラメ、全編差し戻しにして差し上げます!」
『リリアーヌ……』
セリナの唇から、こらえきれずに笑みが漏れた。
恐怖で凍りついていた空気が、リリアーヌによって、柔らかな温度を取り戻していく。
『……ありがとう。シルヴァーナは最後に言っていたわ。リリアーヌに私を託すって……』
シルヴァーナが残した言葉を思い出し、リリアーヌはふんと鼻を鳴らした。
「笑わせないでくださいませ。そんなこと、わざわざ命令されずとも当たり前のことですわ」
二人のやり取りを、カイルとアストレイド公爵は静かに見守っていた。
リリアーヌはふと空を見上げた。
雲の隙間から差し込む陽光は穏やかだが、世界という原稿の裏側で、巨大な「バグ」が蠢き始めているのを直感していた。
「……まだまだ『赤字』を入れるべき箇所が山積みですわね。
ふふ、これほどやりがいのある『悪筆な原稿』は初めてですわ」
第075話をご覧いただき、ありがとうございます。
圧倒的な力を前にしても、リリアーヌはやっぱりリリアーヌでした。
最強のシルヴァーナを相手に「全編差し戻し」と言い切れるのは、世界で彼女ただ一人でしょう。
……とはいえ、最後に見せた世界の「蠢き」。
「リリアーヌと一緒に、歪んだ世界のプロットを正していきたい!」と思ってくださった方は、ぜひブックマークや評価での応援をよろしくお願いします!




