【設定変更】背景ラフの草原に、終末の業火(ボツ案)はいりません
「……あら。随分と、手抜きの目立つ舞台セットですわね」
予言書『レギウム・サクラ』の内部に降り立ったリリアーヌは、周囲を一瞥して、呆れたように溜息をついた。
一見すれば広大な草原。だが、校閲者の眼を持つ彼女には、足元の緑が「草」という漢字の集合体であることを見抜いていた。遠くにそびえる山々に至っては、色すら塗られていない。境界線が震える、剥き出しの「背景ラフ」が虚空に浮いているだけだ。
「リリアーヌ、集中しろ! 魔物どもは俺が近づかせない!」
「……案ずるな。娘の『仕事』を邪魔する羽虫は、私が叩き落とす」
リリアーヌの左右で、カイルとアストレイド公爵が鋭い覇気を放ち、剣を構える。背後で、精霊セリナが必死に魔力を編み上げていた。
『リリアーヌ様、急いで! ここは「確定した予言」の中……頁が、熱で焼け焦げ始めているわ!』
「な、何を馬鹿なことを! 我らの勝利が約束された、絶対不変の未来なのだぞ!」
朱いノイズを纏い、異形の軍勢を率いるガバルディ侯爵が、狂ったように叫ぶ。
彼は掌にどす黒い赤光を収束させ、世界の決定事項として、魔法を解き放った。
「喰らえ、アストレイドの小娘! これぞ、朱い執筆者の贈り物――『終末の業火』だ!」
空間を焼き切り、絶対的な死を強制する火球。
だが、迫り来る業火の表面には、リリアーヌにだけ見える注釈が、これでもかとばかりに浮き出ていた。
【※設定注釈:火球は『終末の業火』である。威力:絶大。回避:不能。対象は一瞬で灰になるプロットが確定している】
「……あらあら。語彙力が欠如した、三流作家の設定プロットですわね。形容詞を並べれば強くなると思っているのかしら? ――そんなもの、『置換』で十分ですわ」
リリアーヌは優雅に万年筆を振るい、空中を赤インクで横一線に撫でた。
【※設定変更:対象プロットを『一括置換』により上書き。
威力:~~絶大~~ ⇒ 微風
回避:~~不能~~ ⇒ 不要
備考:読者の期待に沿わない三流設定のため、没とします】
「上書き、完了いたしましたわ」
次の瞬間。
世界を焼き尽くすはずだった終末の炎は、リリアーヌの鼻先で「そよそよ……」という、心地よい初夏の風へと置換された。
そして、業火は跡形もなく霧散する。
「なっ……馬鹿な!? ……予言の記述と違うぞ! 我らが勝利すると、書かれていたはずだ!」
狼狽し、腰を抜かすガバルディ侯爵。
リリアーヌは冷徹な笑みを浮かべると、サクラのページの端に、万年筆の先をグイと差し込んだ。
「予言は貴方たちの味方ではなく、私の『原稿』ですの」
ペリペリ……と、世界そのものが剥がれる音が響く。
空の向こうから、サクラが侯爵たちを指差して、鈴を転がす声で嘲笑った。
『あはは! 面白いなぁ。君たちが「必勝の予言」だと思って縋っていたページ……。リリアーヌが赤ペンを入れた瞬間に、「ボツ案メモ」に格下げされちゃったみたいだね!』
絶望が、朱いノイズに塗れた軍勢を包み込む。
リリアーヌは万年筆をキリリと回すと、逃げ場のない「行間」にペン先を深々と突き立てた。
「さて。これより、本格的な『削除作業』を開始いたしますわ」
第071話をお読みいただきありがとうございます!
「確定した運命」すら、リリアーヌの赤ペンの前ではただの「ボツ案メモ」。
足元の「草」の正体や、背景ラフの山々……校閲者であるリリアーヌにしか見えない景色の描写、楽しんでいただけたでしょうか?
そして、お父様とカイル様の鉄壁のガード!
リリアーヌの削除作業、果たしてどのような結末を迎えるのか。
次回も、どうぞお楽しみに!




