『校閲』を拒む、空白だらけの招待状
ガバルディ侯爵家の放ったノイズが、テラスから消えてから数日後。事態は予想を上回る速度で改ざんされた。
「……あら。これは随分とお粗末な下書きですわね」
公爵邸に届けられた一通の封筒を、私は万年筆の先で軽く叩いた。
水面下で書き換えられた物語が、ようやく実体を成して届いたらしい。
本来、『王妃選定オーディション』の招待状といえば、高貴な香りと重厚な紋章が刻まれた一級の「原稿」であるはず。けれど、手元にあるのは、宛名すら魔法の印字で済まされた、熱意の欠片もない代物。
隣で同じ書面を眺めていた兄、ヴィンセントが低い声で吐き捨てる。
「リリアーヌ、これを見ろ。参加資格の欄だ……『四大侯爵家の推薦を必須とする』だと? 冗談ではない。我が公爵家を差し置くとは!」
兄様が指差した箇所を凝視する。
そこには、後から無理やり継ぎ足したような、歪なフォントの注釈が躍っていた。
【※特記:現国王カイル・ヴァン・レガリアの意志に関わらず、本選定は四大侯爵家による合議制を優先とする。なお、過去に『聖女への不敬』等の疑惑がある者は、審議の対象外とする――】
(……なるほど。私という存在を、物語の冒頭で『落選』させようという魂胆ですわね)
ガバルディがテラスで口にした「消去」の手段。
物理的な殺害だけではなく、社会的な「存在否定」も含んでいたわけ。
彼らは今、王宮に「執務代行官」を配置し、カイル様を物理的な余白の中に閉じ込めている。
実際、あの日以来、カイル様からの連絡は一文字も届いていない。
彼が、世界の物語から「削除」されてしまったかのような、不気味な静寂。
「リリアーヌ。奴らは本気だ。お前を王宮へ近づけないために、騎士団の配置すら書き換えている。カイルの周囲は今、四大侯爵の息がかかった者たちで塗りつぶされているんだ」
兄様の言葉に、私は黄金の万年筆をキリリと回し、唇を優雅に吊り上げた。
「おやおや。私を『参加資格なし』として、物語から退場させれば、自分たちの描く三流小説が完成するとお思いかしら?」
招待状の「審議の対象外」という不快な一文を、赤色のインクで力強く塗り潰す。
「私への『拒絶』が綴られた招待状は、ただちに無効ですわ。オーディションの『構成案』ごと、私が根こそぎ書き換えて差し上げます――カイル様。貴方が閉じ込められたその頁、今すぐ校閲けますわ」
瞳に宿るのは、理不尽な運命への拒絶。
校閲ガールの本気(赤ペン)が、今、不実な四大侯爵家に向けて放たれようとしていた。
第064話をお読みいただき、ありがとうございます!
やっとカイル様といい雰囲気になれたと思った矢先、四大侯爵家が割り込んできました。せっかくの甘い時間が台無しです。
今回、彼らが仕掛けてきたのは「物理的な排除」ではなく、招待状の内容そのものを書き換えるという、なんとも陰湿な「設定の改ざん」でした。
彼らからすれば、これでリリアーヌを物語の舞台から追い出したつもりなのでしょうが……。
次回も、どうぞお楽しみに!




