【校閲】新章のプロットには、不快なノイズが混じっていますわ
アストレイド公爵邸のテラス。
柔らかな陽光が降り注ぐ中、カイル様――今は「国王陛下」と呼ぶべきお方と、穏やかな茶の時間を楽しんでいた。
「リリアーヌ。……さっきから、茶菓子ばかり見ていないか? 俺の顔に、何か誤植でもあっただろうか」
カイル様が、拗ねたような、それでいて熱を孕んだ瞳で私を覗き込んでくる。
王座に就いてからの彼は、公務の合間を縫って、「神速」の勢いで我が家へ通い詰めている。
その執着心は、もはや国の運営に支障が出るのではないかと心配になるほどの設定値だ。
「……あら。陛下の美貌については、修正の必要がないほど完璧ですわ。私はただ、穏やかな時間が『打ち切り』になったりしないよう、今後の物語をどう守るか考えていただけです」
「安心するといい。君との物語に『完結』という文字を書き込む権利は、誰にも――俺自身にさえ、与えるつもりはないからな」
カイル様が私の手を取り、指先を愛おしげに弄ぶ。
甘い空気を切り裂くように、聞き慣れない不躾な足音がテラスに響いた。
「――お熱いところ、失礼。国王陛下、ならびにアストレイド公爵令嬢」
現れたのは、磨き上げられた靴を鳴らす、一人の青年だった。
見覚えがある。四大侯爵家の一つ、ガバルディ侯爵家の長男。傲慢な笑みを貼り付けた背後には、ドロドロとした黒い注釈が渦巻いていた。
【※本音:即位したての見掛け倒しが、女と茶をしばいているとはな。所詮は我ら侯爵家の傀儡人形。――そろそろ首輪を付けてやる必要があるな】
……おやおや。あまりに質の悪い「下書き」を晒すものですわね。
「……ガバルディ侯爵家の。……事前の予約というマナーを、頁ごと破り捨てて来られたのかしら?」
私が冷ややかに告げると、青年は鼻で笑い、一通の手紙をテーブルに放り出した。
「四大侯爵家からの『提案書』ですよ。若き王には、正しい指導役が必要だ。……イザベラという駒は、少々暴走しすぎた」
――イザベラ。
その名が出た瞬間、カイル様の瞳から温度が消えた。
(……ああ、なるほど。物語の整合性がようやく取れましたわ)
イザベラは単なる悪役ではなかった。
四大侯爵家という「悪しき編集者」たちが、王家を意のままに操るために用意した、使い捨てのペンに過ぎなかったのだ。
アルスフォンの低俗な物語すら、彼らのシナリオ。意にそぐわない前国王を殺害したのも……。
刹那、校閲者としての勘が激しいアラームを鳴らした。
これが、かつての『赤いノイズ』の正体に繋がるのだと。
「……リリアーヌ、気にするな」
カイル様が静かに立ち上がる。背中には、真の王としての威圧感が漂っていた。
だが、青年の背後に浮かぶ注釈は、さらに醜悪に書き換えられていく。
【※計画:まずは生意気な公爵令嬢を、カイルから引き剥がす。彼女こそが最大の『邪魔者』だ。……消去する手段は、既に用意してある】
……何ですって?
手元に置いた黄金の万年筆に、そっと指を触れた。
インクは十分に満ちている。
「カイル様。……王国を私物化せんとする『編集者』たちが、三流小説の配役を用意してくださったみたいですわ」
私は、冷徹な微笑みを浮かべ、万年筆をキリリと構えた。
「よろしいでしょう。校閲者として、その傲慢なプロット――根こそぎ真っ赤に染め上げて差し上げますわ」
四大侯爵家。
物語の裏に潜む、最大級の「落丁」。
欠けた頁を埋めるのは、私の「赤字(加筆)」ですわ。
本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついに姿を現した黒幕、四大侯爵家。
彼らはカイル様を「人形」と見なし、リリアーヌ様を「消去すべきバグ」と断じました。
そして、リリアーヌ様が気づいた『赤いノイズ』の存在……。
次回も、どうぞお楽しみに!




