亡命先でも、私の「赤ペン」からは逃げられませんわよ
「……毒の、シミ? 何の話かしら。この不躾な女を捕らえなさい!」
扇子の奥で声を震わせる「赤いドレスの淑女」。彼女は、隣に立つ「漆黒の騎士」を一瞬だけ見た。
(……妙な威圧感。いいえ、まさか。カイルが、こんな場所に現れるはずがないわ)
そう自分に言い聞かせ、彼女は鋭い視線を私へと向け直した。
「……光栄ですわ、『真紅の王妃』様。ですが、大きな声を出されては、せっかくの匿名劇が台無しですわよ?」
私は優雅に扇を広げ、彼女にだけ届く声で囁いた。
「例えば……そう。十年前の冬の夜。王宮の奥底、鍵を失くしたと言い張って封鎖された『隠し調合室』。左から三番目の棚の裏側に、今も隠されている『小瓶』について……詳しく解説して差し上げてもよろしいかしら?」
ピシャリ、と。
淑女が持っていた扇子が、床に落ちた。
「な、なぜそれを……貴女、まさか……っ!」
彼女の脳内に浮かぶ『注釈』は、もはや恐怖と混乱の殴り書きで塗り潰されている。
私はその狼狽を愉しむように、さらに一歩、距離を詰めた。
「私は、物語の不備を見逃せない校閲者にすぎません。……おやおや、そんなに顔色が真っ白では、せっかくの赤いドレスに映えませんわよ? まるで、毒を飲ませた相手の死に顔を思い出しているかのようですわ」
「黙りなさい! 警備兵は!? 今すぐ、この女を連れて行きなさい!!」
叫ぶ彼女の前に、漆黒の騎士――カイル様が、音もなく立ち塞がった。
彼は一言も発しない。けれど、仮面の奥から放たれる射抜く視線が、彼女の心臓を直接凍りつかせる。
イザベラ様は、恐怖に歪んだ顔で後退りした。
(何なの、この男は……。 ……!?)
会場の視線は今や、紅茶まみれの皇子と、狂ったように叫ぶ王妃に向けられていた。
本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます!
帝国へ亡命し、すっかり安全圏に逃げ込んだと思っていたイザベラ。
十年前の「小瓶」の秘密を囁かれたイザベラの絶望。
そして、目の前の「騎士」が放つ、見覚えのある視線……。
次回も、どうぞお楽しみに!




