『そのステップ、リズムも本音も狂っていますわよ』
「美しい方だ。その銀の仮面は、貴女の瞳の輝きを閉じ込めるにはあまりに窮屈そうだ。私と共に、この夜の真の主役を演じないか?」
壇上から降りてきた「金の仮面」――アルフォンス皇子が、傲慢に、それでいて完璧に計算された優雅さで右手を差し出してきた。
周囲の令嬢たちから、羨望と嫉妬の混じった溜息が漏れる。
(あら……。よくもまあ、イザべラ様と駆け落ちしたくせに、初対面の相手に『手垢のついた台詞』を吐けますわね)
私は仮面の奥で、冷ややかな失笑を飲み込んだ。
「……光栄ですわ、『黄金仮面』様。ですが、エスコートならば既にこの方が」
カイル様が静かに一歩前へ出た。漆黒の仮面から漏れ出す威圧感に、アルフォンスの眉が跳ねる。
「失礼。彼女の今夜のスケジュールは、私のエスコートで埋まっている。割り込み(カットイン)は、作法に反するのでは?」
「……フン、名もなき騎士か。だが、ここは『無礼講』の舞踏会だ。美しい女性が誰と踊るか選ぶ権利を奪うのは、それこそ野蛮というものだろう?」
アルフォンスはカイル様を鼻で笑うと、強引に私の手を取った。
カイル様の指先が剣の柄にかかる。……視線だけで彼を制し、唇を吊り上げた。
「……構いませんわ。少しばかり『修正』して参ります」
ホールの中央、音楽が華やかに鳴り響く。
アルフォンスにリードされながら、頭上に浮かぶ『注釈』を読み解いていく。
【※注釈:アルフォンスの脳内プロット】
『この女を落とせば、背後にいるはずの強力な派閥もろとも手に入る。これほどの極上な「駒」、利用しない手はない。イザベラのようなヒステリックな女とは違う、高貴で従順な「飾り」として跪かせてやる……』
(……反吐が出ますわね)
私はステップを踏みながら、密かに魔力を指先に込めた。
会場の四隅に控える侍従たちが持つ、銀のトレイ。そこに載せられた紅茶の香りが、ダンスの風に乗って鼻腔を掠める。
(この香り……。かつてカイル様の父君を床に伏せさせ、命を奪った『設定ミス(猛毒)』と同じ成分が含まれていますわね)
「あら。随分と香ばしい『伏線』を張り巡らせていらっしゃいますのね。……ですが、あまりに不純物が多くて、校閲者としては見過ごせませんわ」
「……何の話だ?」
訝しげな顔をするアルフォンス。私は優雅にターンを決め、彼の耳元で囁いた。
「例えば、そのステップ。……『誤字』が多すぎましてよ?」
私が、指を動かした瞬間。
アルフォンスの足元だけ、ホールの床が『氷のように滑りやすい』という設定に上書きされる。
「なっ……!?」
おっとりと、アルフォンスの足が空を切った。
無様に体勢を崩し、私のドレスに縋り付こうとする皇子。私は、軽やかにかわす。
さらに、彼がつかもうとしたテーブルの上の紅茶――。
「あら、危ない」
ガッシャアアン!!
凄まじい音と共に、銀のトレイがひっくり返った。
アルフォンスの豪華な衣装に、真っ赤な液体が派手に飛び散る。
「……! 特注の衣装が!! 貴様、何をした!!」
「私は何も? ただ、『黄金仮面』様のステップが『物語』の整合性を欠いていただけでございますわ」
怒り狂うアルフォンス。
そこへ、ホールの入り口から甲高い、耳障りな声が響き渡った。
「あら、何の騒ぎかしら? 愛しい『黄金仮面』様に、無礼を働いた『汚れた雑草』は誰かしら?」
扇子で顔を半分隠し、毒々しいほど赤いドレスを纏った女――王妃イザベラ。
カイル様の周囲の空気が、一瞬で氷点下まで下がる。
私は、震えるカイル様の手をそっと握りしめ、王妃イザベラに向かって一歩踏み出した。
「あら。……その手に残った『消えない毒のシミ』、今すぐ会場全体に『公示』して差し上げましょうか?」
イザベラの顔が、驚愕で真っ白に染まった。
本日も最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
仮面のルールを盾に、好き勝手に振る舞っていたアルフォンス皇子。
しかし、リリアーヌ様の「物理的な赤入れ(床の設定変更)」により、豪華な衣装もプライドも、紅茶まみれになりました。
そして、ついに出現したイザベラ。
カイル様を絶望の淵へ叩き落とした彼女に対し、リリアーヌ様が突きつけた「消えない毒のシミ」という指摘。
次回も、どうぞお楽しみに!




