『自壊するプロット』――無粋な乱入者は、崖下へボツ送りです
下界の喧騒は、もう遠く足元に消えていた。
『天空の貴族街』へと続く専用道は、切り立った崖に沿うように作られている。
高く登るほどに夜の帳は深まり、私の手は、先ほどからずっとカイル様の大きな手に包まれていた。
「……いいから、俺を支えにしろ」
「……カイル様。私、先ほどから一歩も自力で歩けていない気がしますわ。これではエスコートというより、ただの『強制連行』ではありませんこと?」
口では文句を言いつつも、私はその温もりを拒むことができない。エドワードとの一件を経て、カイル様の瞳に宿る熱量は、明らかにこれまでの『守護騎士』としての設定値を逸脱していた。
「それでもいい。……今の俺には、君が指先一つでも汚れる展開は耐えられないんだ」
さらりと吐き出された殺し文句 (パンチライン)に、心拍数が跳ね上がる。
(……あら。私の心の『余白』を、これほど情熱的な筆致で埋め尽くす、おつもりですの……?)
顔が熱くなるのを感じ、視線を逸らした――その時だった。
岩陰から、下品な笑い声と共に数人の男たちが躍り出てきた。
「ひゃっはー! 運のねぇ貴族様だぜ! こんなところでイチャついてるとは、死ぬ前のいい思い出になったなぁ!」
山賊を装ったつもりかしら? 汚い毛皮を纏ってはいるが、その下にはヘイワード侯爵家の紋章が丸見えだ。隠す気があるのか疑いたくなるほど、その設定は杜撰だった。
「……あら」
私は、カイル様の腕の中で氷点下の溜息を吐いた。
せっかくの『余白の時間』を汚された不快感。そして、あまりに使い古された登場演出。
「カイル様。……お離しになって。この『無粋な誤字』、一文字残らず消去して差し上げなくては」
黄金の万年筆を抜き放ち、彼らの頭上の『空間』を鋭く指し示した。
「……こんな場所で山賊の真似事? 笑わせないでくださる? 貴方たちの連携、あまりに構成がガタガタですわ。……ちょっと『裏設定』を可視化して差し上げますわね」
リリアーヌがペンを一閃させると、男たちの頭上に真っ赤な文字の【※注釈】が浮かび上がった。
【※注釈:リーダーの本音】
『報酬は独り占めする。部下を事故死に見せかけて、一銭も渡さないつもりだ』
「てめぇ、リーダー!? 報酬を独り占めだと!? ざけんなっ!」
【※注釈:下っ端の野心】
『隙を見てリーダーを刺し、リリアーヌを横取りして売り飛ばそう。カイルはリーダーを盾にして逃げる際のデコイにする』
「……あ? 俺を盾にするだと!? お前、さっきまで兄貴って呼んでたじゃねぇか!」
【※注釈:ヘイワード侯爵家の裏プロット】
『リリアーヌを連れ戻した後、この私兵たちも口封じのために全員処刑する。予備の毒薬はすでに彼らの水筒に仕込んである』
「「「な、なんだってえええええ!?」」」
頭上に表示された【真実】を互いに読み、男たちは顔色を変えた。
もはや私たちのことなど眼中にない。彼らは互いに武器を向け合い、醜い罵り合いを始めたのである。
「……あら。赤ペンを入れるまでもなく、設定の矛盾で内部崩壊してしまいましたわね」
私は呆れ半分に肩をすくめ、カイル様に視線を送った。
「この救いようのない『駄文』たち、崖下へポイ(ボツ)してくださる?」
「了解だ、リリアーヌ。――消えろ、物語のゴミクズども」
カイルが一閃。仲間割れで隙だらけだった男たちは、悲鳴を上げながら暗い崖の下へと文字通り「破棄」されていった。
「……ふう。不快なページを破り捨てて、すっきりいたしましたわ」
私が満足げにペンを収めると、カイル様が背後からそっと、腰を引き寄せた。
「リリアーヌ。……続き、だったな」
「……え?」
「……俺の想いの『追記』、まだ終わっていないんだが?」
耳元で囁かれた低音に、黄金の万年筆を落としそうになるほど、激しく思考がショートしてしまった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
「注釈」で裏設定を暴かれた瞬間の、私兵たちの自滅っぷりはいかがでしたでしょうか。
無粋なノイズを掃除したところで、ようやくカイル様の「追記」の続きです。
次回も、どうぞお楽しみに!




