『ご都合主義』――その幸せ、書き込みすぎです
翌朝。商業都市『タイポ・グラフィ』の空気は、朝露を含んでキラキラと輝いていた。道ゆく人々は皆、満面の笑みを浮かべ、道端の石ころにすら感謝を捧げている。
「おはよう! なんて素晴らしい朝なんだ、帝国に感謝を!」
「今日はしあわせ……あ、あはは! 昨日の(ピー)な出来事なんて、もう忘れたよ!」
そんな会話があちこちで聞こえてくる。だが、リリアーヌは朝食のテラス席で、不快そうに眉をひそめた。
「……カイル様。私、昨晩からずっと胸焼けがしていますの」
「昨晩から……? 今朝のオムレツはあんなに美味しそうに食べていたのにか?」
「いいえ。この街の『台詞回し』が、あまりに脂っこすぎるのですわ。全員が、広告のキャッチコピーを喋らされているようで……読んでいて――いえ、見ていて吐き気がしますわ」
リリアーヌは黄金の万年筆を抜き放ち、街の中央広場をペン先で指し示した。そこには帝国の慈悲を称える巨大な石碑が建っている。リリアーヌが片方の目を細めて石碑を「検閲」すると、街全体に広がる、ドロドロとした魔力の記述が見えた。
【設定:住民の幸福度は常にMAXに固定すること】
【制限:悲しみ、怒り、不満などの『ネガティブな言葉』は自動的に伏せ字にする】
【備考:笑顔を絶やした者は『不要なノイズ』として再編集(洗脳)対象とする】
「……あら。ご丁寧なことに、街全体が『ハッピーエンド強制装置』になっていますのね。読者を馬鹿にしたご都合主義も、ここまで来ればもはや芸術ですわ」
その時だ。広場の隅で、小さな少女が派手に転んだ。石畳に膝を打ち付け、じわりと血が滲む。普通なら泣き出す場面。しかし、少女は震える唇で無理やり口角を吊り上げ、引きつった笑みを浮かべた。
「……あ、あはは! いたく、ない……。帝国のおかげで、わたし、しあわせ……!」
その光景は、見ていられないほどに不気味で、そして悲惨だった。
「――不採用ですわ」
リリアーヌが氷のような声で呟いた。彼女は優雅に立ち上がると、少女の元へ歩み寄り、その頭上に黄金のペンで鋭い一線を引いた。
【※注釈:生理現象の無視】
怪我をすれば痛みを感じ、悲しければ涙を流す。それが物語のリアリティというもの。作者の都合でキャラクターの感覚を奪うなど、校閲者として万死に値する愚行です。
「っ……う、うわあああああああん!!」
縛り付けていた設定をリリアーヌに削り取られ、少女は堪えきれず、堰を切る激しさで泣き出した。
だが、その瞬間。街中の人々の動きがピタリと止まった。数秒前まで「幸せだ」と笑っていた市民たちが、首をギギギと不自然な角度で回し、無機質な視線を少女とリリアーヌへ向ける。
「……幸福な物語に、泣き声 (バッドエンド)は不要!」
どこからともなく、白ずくめの衣装を着た『風紀校正官』たちが現れた。彼らが掲げる巨大な『記憶消去』の杖が、リリアーヌを捉える。
「あら。私の添削が気に入らなくて? よろしいですわ」
リリアーヌはカイルの肩にそっと手を置き、冷酷な笑みを浮かべた。
「カイル様。この『読者の感情を逆撫でする駄作』、根本から真っ赤に染め直して差し上げましょう」
「ああ。……あいにく、俺もこの『笑顔の押し売り』には飽き飽きしていたところだ」
リリアーヌの「赤ペン」による、強制検閲の時間が始まった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
平和に見えた街の正体は、帝国の「ハッピーエンド強制プログラム」による地獄でした。泣くことすら許されない少女の姿に、リリアーヌ様の「校閲者としてのプライド」が激昂! 「痛いものは痛い!」と当然のことを言わせてあげるだけで、街全体を敵に回してしまうあたり、リリアーヌ様の規格外っぷりが光りますね。
次回も、どうぞお楽しみに!




