『設定衝突(コンフリクト)』――二つの正義、矛盾につき再編です
「……私の美しい悲劇を、これ以上汚さないで」
どす黒いインクが街道の中央に集まり、一人の女の姿を形作った。ボサボサの髪に、憎悪を煮詰めたような瞳。その手には、禍々しい輝きを放つ黒い万年筆が握られている。
魔女ヴェロニカ。リリアーヌを物語の檻に閉じ込めた、帝国の「黒い執筆者」がその正体を現した。
「あら、必死ですわね。まるで自作のボロが出るのを恐れる、三流作家のようだわ」
リリアーヌは扇子を広げ、優雅にヴェロニカを見据えた。
「勘違いをなさらないで。貴女は作者などではない。私を『生贄』に配役しなければ自分を保てない、ただの強欲な登場人物に過ぎませんわ」
「……なっ! 黙りなさい、忌々しい校閲者!」
ヴェロニカが黒いペンを一閃させ、虚空に激しく文字を書き殴る。
『加筆:絶体絶命。リリアーヌの足元は底なしの沼となり、その体は毒の鎖に縛り上げられる』
その瞬間、何もないはずの街道が泥濘へと変わり、リリアーヌの四肢をどろどろとした鎖が這い上がった。
「ふふ、あははは! これが私の『強制的加筆』! 私が書いたことは、この世界の絶対のルールになるのよ!」
「……あら。随分と、お行儀の悪い執筆スタイルですこと」
リリアーヌは眉一つ動かさず、黄金の万年筆を軽く振るった。
【※注釈:設定矛盾】
この街道は、先ほどまで「帝国が誇る黄金の街道」と定義されていました。底なし沼に変わるのは、地形の設定として一貫性を欠いています。
「……ついでに言わせていただければ、この鎖の『毒』。私のドレスには不釣り合いな記述ですわよ」
リリアーヌがペン先で空中に『※』を刻んだ瞬間、黄金の光が泥を焼き払い、毒の鎖を文字の塵へと変えた。
「なっ……!? 私の加筆を、注釈一つで消したというの!?」
「当然ですわ。貴女の書き込みは、前後の文脈を無視した『ご都合主義』に過ぎませんもの。……そんな三流のプロット、一読者として受け入れられませんわね」
リリアーヌは優雅に歩みを進め、震えるヴェロニカを見据えた。
「自分の私怨を晴らしたいがために、設定を滅茶苦茶にする。それはもはや物語ではなく、ただの『落書き』ですわ」
「黙れ! 私は作者よ! 私が右と言えば、世界は右に……!」
「――『不採用』ですわ」
リリアーヌの黄金の瞳が鋭く光る。
「貴女の文章には、美学がない。……カイル様、この『乱文』の処理をお願いしますわ」
「了解だ」
カイルがリリアーヌの影から音もなく飛び出し、その刃がヴェロニカの持つ黒い万年筆を正確に弾き飛ばした。
「あ、あああ……っ! 私の、私のペンが……!」
力の核を封じられ、ヴェロニカの輪郭がインクのように崩れ始める。
「……今日のところは、このくらいにして差し上げますわ。あまりにプロットが幼稚すぎて、これ以上お付き合いするのは時間の無駄ですから」
リリアーヌは汚れ物でも見る視線を投げ、ペン先で虚空に一線を引いた。
「今すぐその汚い原稿を持って、プロットの練り直し(打ち合わせ)にでも行ってらっしゃいな。……次に現れる時は、もう少しマシな伏線を考えてくることですわね」
リリアーヌの「断罪」に耐えきれず、ヴェロニカは負け犬の悲鳴を上げながら、黒い霧となって帝都の奥へと逃げ去った。
「……ふう。ようやく静かになりましたわ」
リリアーヌは満足げに扇子を閉じると、隣に立つカイルに微笑みかけた。
「カイル様、予定より『読みづらい』道中になりましたが……本編の舞台はもうすぐですわね」
第045話、最後までお読みいただきありがとうございます!
自分を閉じ込めた魔女ヴェロニカに対し、リリアーヌ様が放ったのは「※注釈(設定矛盾)」による完全論破。どれだけ強引に設定を書き足しても、ボツにされてしまう魔女……。書き手としては、これ以上ない屈辱だったに違いありません。
次回も、どうぞお楽しみに!




